行動力がほしいなら、目標なんて捨ててしまえ

行動力がない……と自覚している人ほど、行動力が欲しい、行動力をつけるにはどうしたらいいんだろう、と考え続けます。

考えてる間に行動してしまったほうが、よっぽど行動力をつけることになるのに。

行動、跳躍

目標設定はあなたの行動力を高めるか

自分にどうも行動力がないなあ……と思っている人に、しばしば指摘される行動力をつける方法として、

「目標を明確に思い描くこと」
「目的と手順をはっきり認識すること」

といったものがありますが、私が思うに、これはウソです。

はっきり言いますが、目標を自分で設定して、その通りに行動して結果を出せる人というのは、

「すでに行動力がある人」

だけです。

でも、行動力に自信のないあなたは、きっと

「そんなこと言ったって、先に何にかしらの目標設定をしなければ行動できないじゃないか!」

と思うかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか?

単に「やりたい」だけでも人は行動できる

実は、人は単なる漠然とした興味やあこがれだけでもそれを始めることはかんたんにできます。

私はいつもこの例を出すのですが、子供はその年頃になると、言われなくても自転車に乗りたがりますよね?

で、自転車って、何のために乗るんでしょう?

それは、ちょっと近所に買い物に行くとか、あるいは通学、通勤に使うとか、最寄りの駅への行き帰りに使うとか?

それは最初にあなたが設定した「行動目標」ですか?

もちろん、競輪選手やマウンテンバイクの大会に出る人にとっては特別なものでしょうけど、その場合にしても、子供のころ、初めて自転車に乗る練習をしたときに……その時に、それを明確な目標として掲げたのでしょうか?

たとえば

「よし、将来は自転車競技の選手になるぞー」
「自転車を一生の趣味にするぞー」
「これで毎日の通勤通学を楽にするぞー」

というふうに目標設定するでしょうか?

……そんなのないですよね?

あるいは、実際に自転車に乗る前に、詳細な練習計画が必要でしょうか。

メリットとデメリットを全部並べてみて、

「よし、やっぱりボクは、自転車に乗ることにする!」

って決断したのでしょうか?

あるいは、

「自分がさっそうと自転車に乗れている姿」

のイメージングを繰り返して、成功イメージが固まったから練習を始めたのですか?

自転車に乗る練習。

そのモチベーションはどこから出てきたんでしょうか?

単に、乗れるようになりたかった……それだけですよね?

私はこう思います。

人間は、ただ単にそれができるようになりたい、もっと知りたい……というだけで本当は十分行動できるんです。

そして、

「自分にもこれくらいはできるはずだ」

という確信があるレベルまでは、たいてい本当にたどり着くことができるんです。

それなのに、なぜやる前からあきらめてしまうことが多いのか?

それはたぶん、あらかじめ余計な何かが心の中にあるからです。

つまり、何か未知の事柄を実際に行うために最初絶対に必要なのは、

「やりたい」「できるはず」

の2つです。

というよりも、本当に根本的なことを言えば、人間は本当なら単にやりたい、と思うことだけをやりたいんですよね?

知りたいって思ったことだけを知りたいんですよね?

本当なら。

でも、それだけじゃいけない。

それだけじゃ生きてはいけない。

だから、何か別の理由で、やろうとするんです。

実際は。

ですから多くの場合、人は何かを始める際に、それ以外のことをいろいろ考えたり、悩んだりすることになるんです。

「これができれば →もっとこうなるかも」
「こうなりたいから →これをやらなければならない」
「これくらいやらないと →何にも変わらない」

とか……。

このような考えは、本来は自分が行動するために

「必須の条件」

ではありません。

逆に、最初の動機にこういうものが含まれていると、余計にやりたくなくなってしまうのが人間の本性です。

つまり、やりたくなくなってしまう最大の原因は、

「その先を考えてしまうから」

です。

そして、それでもやろうと思うから

「目標設定」

が必要になる。

「計画」

が必要になる。

「習慣化」

が必要になる。

……つまり本当のことを言うと、順番が逆なんです。

混同してはいけない

確かに、会社の仕事とかね、その場合には「行動目標」があって、細かい作業単位にまで計画を落とし込んで全体像を把握し、期限を決めて着実に遂行する……こういう方法論を用います。ふつうは。

それはある意味正解です。

ある意味というのは……会社の仕事なんて、本音を言えば

「心からやりたいことじゃない」

場合のほうが多いからです。

つまり、目標設定したり、期限を付けたり詳細な計画を立てたりするのは、

「本当はやりたくないことを無理やりやる場合に有効」

であるというのは本当です。

そして私たちは考えてみれば、そのようにして

「条件付け」

されて、行動させられるというパターンを子供の頃から何度も何度も繰り返し刷り込まれてきたのです。

でも、それを

「自分が本当にやりたいと思ってること」

にも当てはめてしまうから本末転倒なのです。

しかも、学校の勉強や会社の仕事などと違って、あなたが今から始めたい、やりたいことというのは、当たり前ですがあなたにとってはほとんど未知のことでしょう。

答えが何なのかも、そもそもそれに何の意味が、価値があるのかさえ定かではありません。

その場合、あなたが考えた「先のこと」っていうのは、今の段階ではまったく当てにならない空想にすぎません。

だって知らないんですから。実際のところ。

すごく分かりやすく言えば、それをやったからって

「どんなご褒美がもらえるのか?」

……をだれもあらかじめ決めてはくれない。

それが不安なんです

そう教え込まれてきたから

目標は後から出てくるもの

もちろん、ある程度それを上手にできるようになった段階で、具体的な目標とか夢とかを考える時期が来るかもしれません。

でもそれは

「まだ、な~んにも手も付けていない状態」

の時に考えることじゃないです。

自転車に乗れるようになりたいから自転車に乗る練習をします。

別に競輪選手になるために自転車に乗るわけじゃありません。

競輪選手になるのは大変そうだから自転車なんて乗れなくてもいいやってことにもなりません。

少なくとも、競輪選手になることを夢見るのは、自分が自転車に乗れるようになった後にすることです。

あなたが今何をやりたいにしろ、自分が好きで望んでやりたいと思っていることについて、先走って無理にそれ以上のイメージとか計画とか作ろうとしなくてもいいってことです。

特に一番初め。

あらかじめ先々の目標や、まして最終的な状態に至るまでの過程とか計画とかを詳細に付け足してしまうと、逆効果になる危険性のほうが高いのです。

そして、そのイメージや計画は、たいていとんちんかんなものでしかないのです。

それでももし、どうしても最初から

「目標」

と呼ぶべきものが欲しいのなら、まず「それができるようになること」自体を目標にすれば良いのです。