「相手の立場に立って考える」はどうして必要か

「相手の立場に立って考える」

だいたい、こういう言葉は小学校の頃に聞いたと思います。

当然、多くの人はこれを道徳的な問題として、また人間が身に付けるべき人間性の醸成や社会性の獲得……という問題として理解していると思います。

「相手の身になって考える」

とも言いますよね?

つまり、かんたんに言えばこれは

「親切心」
「思いやり」

を持つということとほぼ同じ意味です。

もちろん、それはそれで大切ですが、ここれはちょっと違う視点で考えてみたいと思います。

「相手の立場に立って考える」ことの種類

あらためて考えてみます。

まず、相手の立場に立って考えることで、私たちは何を得られますか?

……と考えてみると、最初に書いた通り、当然真っ先に思いつくのはおそらく、

① 人間関係が円滑になる

ということでしょう。

また、あえて挙げておくならばそれは

② 直接には相手にとって良いこと

ですから、それ自体がメリットとも言えます。

そして、相手にとって良いことをすれば、私たちはごく素朴な良心的満足感や、道徳的感覚の維持、愛情や喜び……といった精神的なメリットを得ることができます。

同時に、自分が属する社会や集団の秩序、進歩……といった面にも影響します。

……って、これは言うまでもないことでした。

でも、他にメリットはないでしょうか?

すると、思い付くのはまず

③ 他人の経験やそれに伴う感情を疑似体験できる

という点です。

他人の立場や状況を、もし自分だったら……と当てはめてイメージすることで

「もし自分だったらどのように行動していたか」
「自分ならどう感じていたか」

というふうに思い巡らすことができます。

上に挙げた3つは、当然密接に関係はありますが、よく考えてみると別のことです。

さらに、それによって

④ 自分の態度や言動を修正できる

ということも挙げられます。

「人のふり見て我がふり直せ」

とも言いますね。

③→④は流れとして当然……のようにも思えますが、あえて区別すれば、またちょっと違うのです。

「相手の立場で考える」を通して自分が見ているもの

① 人間関係が円滑になる
② 直接に相手にとってメリットになる

この2つは、関心の中心がその特定の相手にあります。

ちなみに①は一見自分のほうに目が向いているように思うかもしれませんが……この場合に想定している「人間関係」というのは実質的には、相手の立場を理解することによって、それに対する自分の反応を決めよう、あるいは変えようといった判断をする……ということを意味します。

要するにリアクションであって、そこでは相手が主です。

でも

③ 他人の経験やそれに伴う感情を疑似体験できる

という場合には、関心は自分自身にあります。

そして④も関心は自分にあると言えるのですが、③とちょっと異なるのは、④の場合、その自分というのは「過去の自分」です。

④ 自分の態度や言動を修正できる

というのは、相手の状況や行動と、自分が過去行った類似の行動や、ある場合には自分がもともと持っている能力や性向(つまり、自分が過去持っていた、特定の行動をする潜在的な可能性)とを比較することによって初めて出てくる認知だからです。

そして、ここでさらにもうひとつ付け加えるとすれば……相手の立場に立って考えることに熟達してくると

⑤ 自分の行為や言動に対して、相手がどう反応するかを予測できる

という点が挙げられます。この点は見逃せません。

これは最初に挙げた①とちょうど表裏の関係にあり、自分がその人間関係上の「主」になっているところが違います。

仕事に求められているのは「思いやり」だけではない

もちろん、思いやりが不要だとは言いません。

人間として……というようなより広い観点から言えば、思いやりの心や、他人に親切にしてあげようとする気持ちはとても大切です。ビジネス上に限っても当然、前提的に必要です。

これはこれで、大前提としておいて構いません。

ただしその上で、実社会で、たとえば社会人として、仕事として……といった場合に、

「相手の立場に立って考える」

という意味は、事実上は、先に挙げた③~④のほうに比重が置かれている場合のほうがむしろ多いとも言えます。

ここを誤解すると、ちょっと片手落ちなことになると思うわけです。

言い換えれば、①~②だけを意識しているなら

「相手の立場に立って考える」

という意味の一側面しか見ていないことになると思うわけです。

仕事においては、より場面分析的に特定の状況を疑似体験する……といった感覚が自分の経験値や判断力などを向上させるために非常に有効です。

こういう認知が自然に身についている人は何倍ものスピードで動作が洗練されます。

また、よく指摘されるように自分の動きは自分で客観的に見ることができません。

人の動きや、他の人が直面している状況を見て、それを自分に置き換えることで自分の動きを修正する必要があります。反面教師とすることもできますし、他人の良い振る舞いや言葉遣いは、盗むこともできます。

顧客や取引相手など、関係者から聞かれるいろいろなご意見に耳を傾けることからイメージできることも非常に多いわけですが、それは単に「相手の身になって」「思いやりをもって」接するということのみを指してはいるのではありません。

「顧客のニーズやウォンツを読み取れ」

と言われます。

また、悪い表現として使われることが多い言葉ですが、いわゆる

「腹のさぐり合い」
「交渉上の駆け引き」

……という場合でも、それを行うにはいったん相手の立場に立って考えなければ成り立ちません。

たとえば競合他社の動向を予測することで、自社の戦術に活かす……というようなある意味でシビアな考え方が求められる場面もあります。

たとえばこういった諸々の状況で、もし

「相手の立場に立って考える」

という思考がなかったら、ほとんど対応できないということになってしまうのです。