段取りの意味とは?

「段取り」の意味というと、人によっては準備とか計画という言葉と同一の意味を指すと理解しているかもしれません。

しかし、あらためてその意味を考えてみると、わざわざ「段取り」という言葉を使うにはそれなりの意図があるような気がします。

「段取り」という言葉の使い方から見た意味

段取りという言葉は、辞書的な意味としては物事を行う「手順」のこと。また、その手順を遂行するために準備を行うこと、と言えます。

たとえば、会社に出勤して最初に、今日一日のスケジュールを立てることや、ToDoリストを時系列で確認したりすることも、もちろん段取りの一種と言うことはできます。

ただ、たとえば業務ルーチンや作業工程があらかじめ決まっているような種類の事柄について、その手順を再確認するような場合はふつうは段取りとは言いませんよね?

つまり段取りという言葉は、そもそもあらかじめこれと決まっているわけではない、漠然とした事柄の進め方を判断する、決定するというところに重点がある、というニュアンスの言葉なわけです。

この意味では、

「段取りとは、ある目的のために行う行動や作業の具体的な手順を決定し、明確化した上で、それが実際に可能になるように準備すること」

というように説明することができます。

「段取り」の語源と類語

段取りという言葉の語源として有力なのは2つあります。

ひとつは歌舞伎用語に由来するという説で、一つの演目を構成する各パートのことを一段目、二段目……というふうに呼び、演目の流れや演出などを打合せすることを段取りと呼んだことからくるとされています。

もう一つは土木工事などで勾配や距離に合わせて階段を何段にしたらよいかを判断することを「段をとる」といったことに由来するという説です。

どちらの説にしろ、段取りという言葉の中には一種の判断あるいは選択、そして決定という意図が含まれているように感じますね?

つまり、たとえば歌舞伎役者さんや演出家といった人たちがする段取りというのは、もちろん

「今日やる演目は、一段目は〇〇で、二段目は□□で……」

というふうに、すでに決まった手順を間違えないように確かめているわけじゃないですよね?

段取りというのはきっと

「今回は二段目のあそこの場面は、もっとたっぷり見せるようにしよう」

とか(想像なので実際の内容は分かりませんが)、そういう、演出の仕方やいつもと違う注意点や強調したい勘所といったことを打ち合わせるのであって、その趣旨や意図を擦り合わせているのでしょう。

後の説にしても同じことで、仮にあらかじめ細かく設定された設計図通りに工事を行うだけならば「段をとる」ことの重要性はあまり感じられないですよね?

イメージとしては、職人的な勘と経験値から理想的で美しい「段」が生まれてくる、そこが腕なのであり技なのだというような意味でしょう?

段取りという言葉にはそういうニュアンスが含まれています。

段取り、という言葉に似ている類語としては、たとえば

「準備」「用意」あるいは「予定」「スケジューリング」

といった言葉が想起されますが、これらの語に比べると、あえて「段取り」という言葉を用いるのは、このようなニュアンスを強調したいからでしょう。

すると、どちらかと言うと、たとえば

「采配」「按排(案配)」「取り計らい」「調整」

といった語と近い印象が見て取れます。

段取りが重要視される意味

もちろん、仕事上のことであれば段取りが悪ければ実際に取引先や顧客など相手方にご迷惑がかかることや、不満を抱かせることにつながります。

ですから当然慎重になりますし、もし粗相や不都合があれば実際問題になります。

でも、単にそれだけではなく、俗に

「仕事は段取り八分」

とも言われるように、多くの人が段取りの巧拙を仕事上の重要なスキルとして、また本人の実務能力を図る主要な要素のひとつと認識していているという面もあります。

段取りというのは、単に決まりきったことを確認したり、決まった通りに実施すればことたりるというだけではないので、それを行う人の経験値や人柄や、あるいは能力とかセンスといったものによって巧拙が大きく分かれるものだというイメージをみんなが持っています。

そして、段取りというのは後から見ればその結果が明らかに分かりやすく、評価しやすいため、いきおい注目されることになるという点も見逃せません。

「段取りが悪い」と言われても気にする必要はない

当然ですが、多くの人が関わってくるようなことの場合、その段取りに従って実際に作業やイベントなどが進行していけば、その過程で他の人からいろいろな批判や、意見が出てきます。
すると、

「やあ今回は段取りが良かった」
「あの人は段取りがうまい」

あるいは

「あいつは段取りが悪い」

という評価が絶対に出てきます。

実は、考えてみれば当然ですが、実際に物事を進めていって結果を目の当たりにすれば、あとからそれを

「段取りの立て方が悪い」
「もっと、このようにすべきだった」

と理由付けたり意見を挙げるのは非常にかんたんなことです。

それに、人はそれについてことさらに言いたくなるものなのです。
なので、

「段取りが悪い」

という非難や、ここはもっとこのように配慮しなければ……といった忠告や講釈を得たときに具体的な点を勉強するのは構いませんが、それ以上に悩む必要など原則ありません。

みんな、そういうことを言いたがるものなのだと思って、次に生かせれば十分です。

段取りなど不要だと思っている人

周囲を見ていると、中には

「段取りなんて不要だ」
「段取りなどする意味はない」
「段取りに時間を割く方が非効率だ」

……といったことを言う人もいらっしゃいます。

もしかするとあなた自身もそう感じているのかもしれません。

このような意見の背景には、

「実際の仕事や、物事は計画通りに進まないことが多い」

という感覚があるでしょう。

偶発的な要素や、関係する人たちのそれぞれの意向や、会社や上司、取引先などの急な方針転換……こんなの、あらかじめ段取りしろっていうほうが無理な話だと、文句の一つも言いたくなることがありますよね?

また、そもそも現時点で、自分ひとりの手に負えないほどの仕事を抱えている、無理やり押し付けられていると感じる場合にも、段取りが無意味に感じることがあります。

「こんなボリュームの仕事量、いくら段取りしたってどっち道無理だろう」

……となると、全体を俯瞰してスムーズに効率的に進めようとか、そんなこと前提からして考慮してる場合じゃない、と感じるのも無理はありません。

それより、とにかくできることから手当たり次第にこなしていくしかないじゃんって。

あるいは、逆に

「今の仕事をこなす上で、なんでいちいち段取りなんてする必要がある?」

と考えている人もいるかもしれません。

つまり、いちいち段取りを意識するまでもなく、今の仕事のクオリティとボリュームは十分維持できると。

ある意味で自分が今している仕事に対する経験や能力に自信がある、成果や評価も十分あると認識している場合です。

言ってみれば、これくらいの仕事は

「目をつぶってでもできる」

……ですからいちいち段取りする必要性を感じないんです。

段取りとは「未来への投資」と考えよう

「段取りなんて不要だ」
「段取りなどする意味はない」
「段取りに時間を割く方が非効率だ」

とは、ある意味では実際にその通りなのかもしれません。

ただし、それは

「今は」

です。

「現状が永遠に続くのであれば」

という条件付きです。

たとえば、実際の仕事や、物事は計画通りに進まないことが多いというのがたとえ真実だとしても、あなたはそのような状態がいつまでも続くことに納得できるのでしょうか?

たとえば、あなたが今勤めている会社以外に、もっと「仕事が想定通りにうまく行く確率が高い」企業は存在しないのでしょうか?

あなたより、不確定要素を事前に見分け、必要な管理や根回しを実際にできる人間はいないのでしょうか?

では、少なくとも自分がそれに対して関わることによって、今より少しでも不確定要素を減らしたり、急な変更や計画の頓挫を予測できたり、あるいはそれをうまく回避したり解決したりする力を、今より高めたいとは思わないのでしょうか?

あるいはあなたがもし現時点で、自分ひとりの手に負えないほどの仕事を抱えている状況に陥っているとします。

あなたは今の状態を永遠に続くことに、まさか納得しているのですか?

むしろ、早くその状況を脱したいのではありませんか?

……本当に今は無理なのかもしれません。今の会社では。今のあなたでは。でも、将来もずっと今と同じ状態にあるとだれが断言できるのでしょうか。むしろ

「こんな状況を回避できる術を身に付けたい」
「こんな状態を、はっきり拒絶することができるような自分になりたい」

今は無理でもいつかは。

たとえば、無理だ無理だとは言っても、では実のところ一日ごとに均した場合、それは何時間分の過剰なのでしょうか?

あと何時間あれば可能なのか数値的に捉えてみましょう。あるいは、どの業務が抜ければ自分のキャパシティの範囲に収まるのか……。

そう考えるためには、実際には自分の業務なり仕事内容なりを全体として数値的に(所要時間とか、納期とかで)きちんと把握していなければなりません。

段取りに従ってコントロールする力を付ければこそ、無理な受注や過剰な指示命令に対してはっきりした態度が取れますし、周囲にも納得できる妥当な助力を依頼したり、適切に分担を考えたりする余地が生まれるのではないでしょうか?

逆に、段取りを意識するまでもなく、今の仕事のクオリティとボリュームは十分維持できると考えているとしたら……。

今の状態がずっと続くという保証は?

そして、今の状態が永遠に続くことで、あなたは満足ですか?

言い方は悪いかもしれませんが、段取りを意識するまでもなくできる仕事というのは、

「段取りしなくてもできる程度の仕事しかしていない」

と表現することもできるわけです。

もう一度言いますが、段取りというのは、今するためにするというよりも、未来への投資です。将来のためにすることなのです。

もちろん、無理に負荷を上げる必要もありませんが。今の状態に満足しているとすれば、それは幸せなことです。

もしそうであれば、

「今の理想的な状態を、ずっと長く維持するために何をしたらよいか?」

を段取りしてみたら良いのかもしれません。