「失敗は成功のもと」という諺の蓋然性と実際の活かし方

「失敗は成功のもと」

と言います。一見分かりやすい表現にも思えますが、よく考えるといろいろな意味に解釈できます。

そして、すべての諺や名言がそうであるように……これは、現実にはどの程度当てはまるのだろうという疑問が湧いてきますね。

本当に、

「失敗は成功のもと」

なのでしょうか?

実際、私たちはこの言葉をどの程度信用することができるのでしょうか?

「失敗は成功のもと」という言葉の解釈

成功は失敗のもと、という言い方は、実はいろいろな意味に解釈できます。世の中にはこれと類似した表現や言い回しもたくさんあって、もちろん意味付け方や捉え方もさまざまに考えられます。

この言葉の意図や趣旨をどう理解するかによって、実際にどの程度それが確かなことなのか、またどういう場合に、どういう条件下なら当てはまるのかということもまったく変わってくるでしょう。

私たちはいつも「失敗は成功のもと」という言葉をどのような趣旨で使っているでしょうか?

① 失敗してもあきらめるな

「失敗は成功のもと」という言葉は、一般的には「失敗」が実際に起こってしまったとき、その失敗に対する向き合い方を示す言葉として用いられることが多いと思います。

まず、こういう言い方をする場合がよくあります。

「失敗は成功のもとなんだから、一度や二度失敗したからって諦めちゃダメだよ」

という感じの表現です。要するに、何か成功したいことがあるとして「失敗したということを理由に」それを途中でやめたり、達成をあきらめたりするのは間違っているという意味ですね。

もっとはっきり言えば、

「ある特定の目的において、それに失敗したという事実は(たとえどれだけ多く重なったとしても)その目的の達成が不可能であることを証明しない

という意味です。

これって、少なくとも論理の上では正しいですよね?

ごく単純な例で考えましょう。たとえば

「2つのサイコロを振ったとき、その目の合計を7にしたい」

と思っているとします。7を出すことこそ、あなたの成功です。

この場合、2~3度振ってみて、7が出なかったからといって、

「この2つのサイコロを振って、7を出すというのは、きっと不可能なことなんだ」

と考えてやめてしまったらどうでしょう。

……これはどう考えても変ですよね?

ではなぜ、実際には7の目を出すことにあなたは失敗したのでしょう?

それは……単に試行回数が少なすぎたからですね?

でも、私たちは現実には、何度かトライしてもうまく行かない事柄があったりすると、主観上

「これはもう、もともと無理だったのかもしれない……」

というふうに思えてくるので、やろうとしていたことを中断したり、諦めてしまうことがよくあります。

そういう判断は、実は理屈で言えば間違った判断なわけです。

ということで、

① 失敗してもあきらめるな

という意味では「失敗は成功のもと」というのは一定の妥当性があると言えますね?

逆は真ではない

しかし、逆に言うと、このことは

「たとえ何度失敗しようが、それでもその目的の達成は必ず可能である」

ということを保証してくれるわけでもありません

しばしば、成功法の話などでも

「成功する唯一の方法は、成功するまであきらめないことである」

という言い方をすることがあります。

しかし、これは実は論理的に言えば正しくありません。

少なくとも、そこで言う成功というのが具体的な特定の目的の実現という意味であるとすれば、

「途中で諦めたら成功できない」

というのが仮に真実であるとしても、そのことが

「成功するまであきらめずに続ければ、100%成功できる」

ことの証明にはならないわけです。

また極端な例ですが、たとえば今度のあなたの目標が

「2つのサイコロを振って、合計13を出すこと」

だったとします。そのとき、諦めずに何回サイコロを振り直そうが絶対13なんか出ませんよね?

たとえばそういう場合もあるということです。だから、

「成功するまであきらめずに続ければ、それは100%成功する」

というのは、この意味では事実とは言えません。

② 失敗は次に生かすべき

①と関連しますが、次に、しばしば次のような意味で「失敗は成功のもと」という言葉を用いる場合もあります。

「失敗は成功のもとって言うじゃないか。この失敗を次に活かせばいいんだよ」

というような使い方です。

含意として、この場合には

「失敗した経験を活かしていけば、いつか成功する」

と考えていることになります。つまり、まず単純には、次にまた類似の状況に出会ったときに、少なくともその同じ失敗が再度発生する可能性を排除できる分だけ、成功する確率は上がっているという理屈が成り立ちます。

これは、現実的に考えても一定の妥当性はあるように感じるかもしれません。

……ただし、そのためには、実際にはかなり的確に具体的に今起こった「失敗の内容や原因」を特定しておく必要があります。

そうでなければ、類似の状況下で同じような失敗が起こる可能性を排除できません

たとえば、一度起こった失敗の原因について、まったくトンチンカンな点を「これが原因だろう」と認識していると、当然また同じような失敗が起こり得ますよね?

ところが、実際には私たちはいつも、それほど正確に「ある失敗例の真の原因」をきちんと分析しているでしょうか?

現実には多くの場合、かなり直感的に、または感情的に判断して、ごく表面的なところしか見えなかったり、単純化してしまったりするでしょう。

では、本当に正確にその「失敗の原因」を知るにはどうしたら良いでしょうか?

と考えるとそれは唯一……その失敗した事柄をもう一度行って、今度は成功することです

つまり、今度は成功したという「結果」が実際に現れて初めて、成功する場合と、失敗する場合の「違い」がはっきり分かるのです。そうなって初めて、失敗の原因はやっぱりこの部分にあったのだということが言えるわけです。

逆に言えば、同じことをもう一度やったとして、主観的には失敗を次に活かしたにもかかわらず、それでもまた失敗に終わってしまっている場合、それは前回思っていた失敗の原因というのが間違っていたか、あるいはそれと同時に別の原因が存在するか、の両方の場合が考えられます。そのどちらであるのかは判別できません。

すると、それでは「失敗を活かせているかどうか」も分からないことになります。

これはどういうことでしょうか。

これはやはり、厳密には

「次に成功しない限り、それまでに経験した失敗は活かされているとは言えない」

と解釈するしかないということを表しています。

日常私たちがよく行うように、失敗したことに一応の反省をして、それ以上あまりくよくよ考え過ぎないで忘れよう……というようなやり方では実際には

「失敗は成功のもと」

にはなり得ないということなのです。

「成功」という言葉が何を指すか

ところで、ここまでで述べたことは、そもそも条件としての「成功」というものを、ある特定の具体的な目的を達成することに限定した場合の話です

ところが、私たちが生きている現実の中では、そもそも頭の中で理屈で考えている時のように

「たった一つの、唯一の特定の目的」

のことだけを考えていれば足りるという状況そのものが、ある意味で空想的ですよね?

「目的」という言葉を使うならば、そもそも私たちにとっての目的というのは、常に複数存在していて、単純に優先順位を付けられるようなものでもないし、すべてを同時に意識し続けることもできません。

つまり、上で述べたことは

「成功=ある特定の具体的な事柄の達成」

という前提だと筋が通るのですが、もっと現実的にイメージすると、そもそも成功とか失敗とかいうのは、ある事柄が「できたか、できなかったか」「現実に起こったか、起こっていないか」というだけの意味だけではない、もっと幅広い意味でもあり得ますよね。

その場合、たとえばある「失敗」が、未来のどこかの時点で、自分にとって何かしら(一見まったく関連性がないような事柄に対しても)役に立つ可能性がある……という意味ならば、

「成功は失敗のもと」

というのは、かなりの確率で妥当性があると考えることもできるのです。これはつまり

③ 失敗の経験は人の能力を上げる

という意味になると思います。

もっと別の日常的な言い方で表すならば、たぶん

「失敗も良い経験になる」
「失敗に学ぶことで、人は成長する」

とか、そういう言い方になるでしょう。

成功という言葉の意味を広く取るならば、

「失敗は成功のもと」

というのは、

「失敗の経験を多く持つ人ほど、そこから学ぶことが多かったはずなので、その後成功する確率が高い」

という解釈が可能で、こう解釈するならこれはかなり正しい意見のように見えます。

受け止め方による違い

しかし、実は単に失敗した回数が多いことが成功につながるかというと、そうでもありません。

自分がした失敗を、自分自身がどう受け止めるかによって、自信とか自己認識などがどういう方向に変わるのかは一概に言えないからです。

仮に、失敗するたびに自分を卑下し、自信を失い、行動する意欲を衰えさせてしまう傾向が強くなっていくなら……もちろん、これはぜんぜん成功に近付いていないでしょう。

そうではなく、失敗の経験を常にプラスに転化できる傾向があるならば、確かにその人の人生全般において「成功」する確率は上がっているように思います。

つまり、失敗をどう受け取るか……ということが大きな問題になります。

だから、むしろこのように表現したら良いのかもしれません。

「失敗は成功のもとにしたほうがいい」