自己啓発を否定する人の心理

自己啓発を否定的に感じるアンチ自己啓発の人は意外に多くいますが、聞いて見るとたいてい自己啓発について多少なりとも関心があったり、人によっては以前は熱心に自己啓発的な活動や情報収集をしていた経験があったりすることも多いんですよね。

もちろん、自己啓発経験者で過去に何かしら痛い思いをした人とか、いろいろ読んだ挙句に結局何の役にも立たないじゃないか……という結論に至った、という人は多くの場合否定派になります。

さらに別の自己啓発へと渡り歩く場合もありますが。

しかし、別にそういう経緯がある人だけが否定派になるわけではありません。

自己啓発が嫌いな人にはタイプがある。

まず世の中には大局的な議論を嫌う人や、あるいは抽象的な事柄を考えたり、自分の内面を見つめるというような行為そのものを否定的に考えている人が大勢いるのです。

だから、そういうことを互いに言い合ったりすることは時間のムダだとか、そんなことを考えても意味がないというようなことを言います。

その人にとっては、自己啓発などというものは無意味な行為の最たるものに見えるでしょう。

そういうタイプの人は、

「そんなことして、いったい何の意味があるんだ?」

「そんな訳の分からないことをグダグダ言っても始まらない」

というような言い方をします。

しかし、ではそういう人はレベルが低いのか?

なんにも考えていない人なのか?

……というと、必ずしもそんなことはなくてですね。

もちろん、そもそも理念的なことや精神的なことを考えることに強い苦手意識を持っている人もいるので、そういう人は、おそらく

「どうせ自分には理解できない」

というような感覚からそんなの時間のムダだとか、そんなことを考えても意味がないというようなことを言います。

この場合には否定的な感情、反発心が強く現れ、正当化するような意見を述べたとしても、それは

「自分にとっては」

意味がない、ということであって、それが他人にも当てはまるかと言えば疑わしいでしょう。

しかし、実はこれとは別のタイプの人もいます。

案外かもしれませんが、特に意識して自己啓発と呼べるような学習や活動をせずとも、別にそれでも幸せになれる人は幸せになれます。成功できる人は成功できてしまいます。

なぜかと言うと、ひとつには、人はあえて意識的に自己啓発んかしなくても、環境や経験のみでも自然に「啓発」され得るからです。

もう一つは、実際にはふつうの思考だけでもほとんどすべての事柄に対処できるからです。

私が思うに、自己啓発というものを嫌う人の中には、わざわざ

「自己啓発するぞ!」

と意識なんかしなくても、そして自己啓発本とか自己啓発業界なんかに頼らなくても、ごく自然な感じで本当の意味での自己啓発ができてしまうような人というのが含まれています。

言い換えれば、

「自然な感じで生きてけばいいじゃん」

というような思想の持主で、その人自身はそれでうまくやっていくことができるのです。

そして、その立場から言えば、

「自己啓発をしよう」

と、あえて意識することのほうが不自然な行為に見えるわけです。

これは、あの、恋愛と似てますね。

一方では

「彼氏欲しい!」

「彼女作りたい!」

なんて意識していないのに自然な感じで恋愛できちゃう人がいる。

一方では、もうそんなこと考えるのも嫌になってる……。

「彼氏なんていらない!」

「彼女なんて、どうせできないからもういい!」

って思いこんじゃってる人がいます。

で、このどちら側の人も

「恋愛とか、婚活とか? 必死に頑張っちゃってる人って、なんなの?」

みたいなことを言うわけです。