人付き合いに対する苦手意識

「人付き合いは苦手だなあ」

年齢を重ねるごとにこの思いはむしろ強くなります。

私は今まで相手とどう接するかという問題について本当に無頓着でした。

苦手意識があるので、あえて考えることを避けてきたのかもしれません。

これは今も根本的にはあまり変わっていないと思います。

自分には、頼れる人がいないと気が付く

私は友達がいないほうです。

たしかに幼いころの友達や学生時代の友達は少しはいました。

でももう何年も会っていません。

ほとんど連絡すらしていません。

また身近にたとえば会いたいと思った日にすぐに呼び出せるような友達もまったくいません。

その代わり、友達と呼ぶには違和感がありますが……会社にいれば毎日のように仕事で顔を合わせる人たちがいました。

それなりに話もするし酒も飲んで。

私は仕事を通した人間関係の中でそれなりに楽しくやっているつもりでいました。

ところが前に一度独立しようと思って会社を辞めたことがあるのです。

すると自分ですべてのことをしなければならないし分からないことも多すぎて……進まない計画に焦りを感じ日々の生活が重くのしかかってきました。

その心境の中で今さらのように心に浮かんできたこと。

「私には頼れる人がだれもいない」

この未練とも逆恨みとも取れる自分の感情に自分でも驚きました。

いいえ。

協力者がいないことに驚いたのではありません。

結局は他人に頼ろうとしている自分の気持ちに対して驚いたんですね。

なぜなら私は今まで仕事でもプライベートでもとにかく自分が他人に頼っているという感覚をぜんぜん持っていなかったからです。

もちろん他者に働きかけ連携を取る必要は常にあります。

でもそれは頼っているということとは違うはずだと。

仕事は基本的に自分の責任で自分の力で進めるもの。

もしそれができないと言うならそれは人間関係をも含めて仕事に必要な現実の諸事情をコントロールできていないという意味でしょう。

努力が足りないのか手法が間違っているのか……とにかくどこかに改善の余地があるということでしかない。

私は長い間このような仕事観を持っていると自分で思っていました。そしてそれはある程度達成されているとも感じていました。

それなのに今自分が直面し切実に感じている問題はまさに

「頼れる人がいない」

ということでした。

ひどい自己矛盾のような気がして私はすっかり困惑してしまいました。

他人には言えない本音

しかしこういう本音こそ正直言って最も他人に知られたくないものです。

仕事の面でもめぼしい協力者がいないなんてことを安易に口にしたら、より信用を失う気がします。ひいては顧客まで失うのではないかという危機感があります。

だれだってどうしても

「すべてがうまく行っているように」

見せようとすると思います。

「まわりに頼れる人がだれもいない」

なんて言葉にするのは恥ずかしいという気持ちもあります。

それは

「私の置かれている状況を理解してほしい」
「自分を大切に扱ってほしい」

というようなごくナイーブな内面を吐露しているようなものだから。

特に、私が起業しようとしていたころは

「前向き」「プラス思考」「勝ち組」

といった言葉が飛び交っていた時代でした。

自分が人間関係に苦手意識を持っていることや疎外感を抱いていることを素直に認めるのも勇気がいりました。

ましてそれを他人に打ち明けるのはもっと難しいことです。

しかしやはり精神的に追い詰められたときまた何かに真剣に取り組もうとするときには、たぶん私だけでなくだれでも必ずこう思ったことがあるでしょう。

「なぜ周囲の人は私のやっていることに関心を払おうとしないのだろう」
「なぜだれも協力してくれないのだろう」

って。

そしてこういう場面では、

「心に浮かんでくるごく一般的な経験則はたいていまるで役に立たない」

ということを思い知らされます。

意外な反応

試しに私は何人かの人に聞いてみました。

「人に協力するかどうか。それは何で決まるんだろうね」

と、雑談の流れでさらっと、しかし内心ではかなり恐るおそる……聞いてみたのです。

すると、意外なことですがみんなそんなの分かり切っているとばかり即答するのです

たとえば

「人間的魅力があるかどうか」
「ふだんの付き合いなんじゃないか」
「友達だと思っていれば協力すると思うよ」

というように。

ところがこれが私には却って意外でした。

この答えが意外だったのではありません。

ここに挙げたような答えは、聞くまでもなく十分に予測ができるむしろ当然の答えでした。

でも私が意外だったのはだれもが

「そんなことは、もう答えは決まっている」

と言わんばかりに答えを言い放ったということです。

なぜなら私はこういう質問はかなり繊細ですぐには答えにくい質問ではないかと思っていたから。

そしてある程度だれもが悩んでいる共通の問題であるとも思っていたからです。

たしかに彼らの答えはもっともです。

それにその答えた内容というのは微妙に言い方が違うもののかなり共通しているように思います。

つまり、人間的に魅力があり好意を持てる相手にはだれでも協力するということです。

一見納得のゆく答えです。しかし同時に私は

「このような答えは本当だろうか」

と疑いました。

答えになっていないような気がしたのです。

だって……私にとってこの答えが何の役に立つというのでしょう。

私が今、頼りにできる人がいない、私に関心を払い、積極的に協力しようとしてくれる人がいない、って困惑しているのに。

じゃあそれは要するに私に人間的魅力が足りないからなのか?

私自身がもっと成長して人間的魅力をもっと放たないと、人からの協力など望んではいけないということなのでしょうか。

それを待っている時間も余裕もない私はどうすればよいのでしょう……。

実はだれも知らない

私はふと思いつきました。

「もしかするとほとんどの人は私と同じように……現実に役に立つような答えを持ち合わせてはいないのではないか」

って。

それだけではありません。

そもそも、だれも日常平時にはそんなことは気にもしていないのです。

そう言えば、私だって自分がそんな状況でなければおそらく同じように答えていたでしょう。

いきなり

「他人に協力する条件は何だ」

などと聞かれたところでごく一般的にしか答えようがないからです。

それどころか……おそらく内心

「それがどうしたの?」

と、ほとんど関心も持たずに一蹴するでしょう。

ただし、深刻な場面というのはだれにでも訪れることがあるのです。

ふだんはむしろ考えないようにして何となくやりくりしているのです。

しかし問題に直面し、だれかに頼りたいと思ったときに限って

「だれも私の置かれている状況を理解してくれようとしない」
「周囲の人は私に関心を払ってくれない」
「私の周りには助けを求められる人がいない」

ということが突然大きなテーマとして心に現れます。

これは私自身の切実な問題でもありますが、同時にだれもが突き当たる可能性のある一般的な問題とも思えるのです。

だから私は

「なぜだれも協力してくれないのか」

というこの厄介な問いに私なりの答えを出したかったのです。