人が実現したい願望はふつうのことのほうが多い

これは個人的なことですけど。

よく考えてみれば、少なくとも私が今思っている成功というのは、その内容から考えてもそれ自体が別にそれほど特別なことでもありません。

自分の抱いている願望をよく見つめ直してみたんです。

「これのどこが特別なんだ?」

って感じです。

私が思っている願望なんて、少し頑張れば、少し経済的に余裕があれば、少し時間をかければ……それほど到達不可能な、難しいことではなかったんですよ。実際のところは。

ただ、前に書いた通り私の場合の主な問題は、子供のころから自分の中で

「何か特別なことをしなければならない」
「何か他人が驚くような大きなことを成し遂げなければならない」

という観念に憑りつかれていたことなんです。

そして、その頃の私は確かに成功というものを、そのようなものでなければならないと思い込んでいました。

だから、そもそも自分がやりたくもないのに、何か大きなことを自分の願望として持たなければならないというふうに逆から発想していましたんです。

成功は特別なこと、なんじゃなくて、実は

「特別なことじゃないと、成功とは呼べない」

って勝手に解釈していただけなんです。

自分で、本当な望んでもいない困難なものをイメージして、それをやろうというのですから……。

だから実際には何もしません。

やる気も起きませんよ。

第一、それを本当にやる必要などないんです。

だって私にとっては、そういう考えを持ち続けているということがすでに優越の証明なのであって……本当にそんなこと実現しようがしまいが、自分の優越感にとってはたいした問題じゃないんですから。

でも、もちろんこれは間違いだったと思います。

そういう強迫観念みたいなものがすでに抜けた後で今考えると、そもそも私が本当にやりたいと思うこと、実現したいことって考え始めると、それは内容的に言えば特別でも偉業でもなくて、ごくふつうにだれでも思うようなことがほとんどでした。

あるいは、妥当な、順当な努力を積み重ねていけばいつか実現する可能性のあるような事柄であって、いわゆる

「夢みたいなこと」

ではありません。

っていうより、むしろ、多くの人がすでにできている、いわば「ふつう」に行っているようなことばかりだと気が付いたわけです。

ただ、仮に本当に夢みたいなことを夢見ているとしても、人が夢を見ること自体は貪欲でも何でもなく、ふつうのことだと思います。

それで、もし実現に手が届きそうなら実現すればいいわけで、それも貪欲ではないと思います。

繰り返しますが、貪欲、強欲というのは……欲望を自らどこまでも無限に膨らませていくことです。

そして、その自分の欲望を満たすことを唯一の価値と位置付け、その実現のためならばどんな手段を使ってもいいとか、他のすべてをそのために犠牲にしても良いというように考えて行動することなんです。

そういうのを「貪欲」というのであって、貪欲と、欲望とはぜんぜん違うことだと分かったのですね。

あなたも、別にそんなことしたいわけじゃないですよね?

忍336



忍336