その成功イメージは、本当にあなたのもの?

成功とは、ある人の状態に付けられた「名前」にすぎません。

それは自分で名付けていることもあるし、だれかが決めたものを信じているだけかもしれません。

もしあなたの成功イメージが、漠然とした、空想的で、まさにイメージでしかないような抽象的なものだったとしたら、それはおそらく実現しようがありません。

サクセスストーリーの功罪

成功者は言う。

「あなたも、夢を描いて実現しなさい」

と。

夢を叶えた人……というと、たとえば私は、一流のスポーツ選手とか、有名な俳優とか芸術家というような特定の職業で活躍している人を思い起こします。

または、有名な企業の創業者や大会社のCEOに抜擢された人、つまりビジネスで成功した人を想起します。

そういった人々、いわゆる成功者と呼ばれる人々の経歴、業績は、生い立ちや考え方なども含めていろいろな所で紹介され、私たちはそのような話を通して成功というものに対するイメージを作ります。

その時、彼らはたいてい典型的な成功物語を伴って語られます。

「まず夢を掲げることだ。大志を抱くこと」

動機はたとえば純粋な憧れでもいいし、逆境の中から這い上がろうとする意志でも、人との出会い、一句の言葉でも良い……とにかくその夢や志を現実にしようと一念発起するのだ。

そして、

「ひとたび決めたら必ずやり遂げる」

自分を信じ、己の夢に賭けると自ら決断し、退路を断ち、ひたむきに努力する。挫折や失敗をしても決してあきらめるな。そうすればだれでも夢はつかめる。

……こういう典型的な成功物語です。

もちろん、その成功を体現している姿は輝かしく、その伝記や逸話は多くの人に希望を与えてくれるものです。

ただし、それは多くの場合同時に

「成功というのは、そのようなものでなければならない」

という固定観念を植え付けるのです。

そして皮肉なことに、その固定観念が自分自身が実際に成功しようとするときにはむしろじゃまになることが少なくありません。

成功という固定観念

私たちは、いつの間にか成功物語のパターンに縛られているのではないでしょうか?

それが夢や目標に対する変な固定観念の元なのです。

成功者(というより、おそらくその成功物語を編集したり製作したりする人)は、あたかも成功者というのはあらかじめ成功するべく運命づけられていたかのような演出をしがちです。

別の言い方をすれば、その人の成功には必ず、何らかの「分かりやすい単純な理由」があったという前提で語られる傾向があるということです。

たとえば、ごく幼い頃から、若い時期から目標や、少なくとも方向性がはっきり決まっていたかのようなイメージ。

彼の偉大な才能に目を付け、その成功を予測して彼を導き、長い間彼をサポートし続けた人がいたこと。

あるいは、その逆で、極端な不遇、悪い環境、どん底の生活という背景。

しかし、それはどこまで本当なのか?

そして、実際その事実は彼を成功させる要因としてどの程度関係があるのか?

それは証明できないのです。

試しに自分自身を振り返ってみてください。

今の自分が成功しているにしろ、していないにしろ、

「自分が今この状況にいるのはなぜか?」

その原因を考えようとすれば、それは当然に記憶を過去を遡って何らかの根拠を見出すしかないということになるに決まっているんです。

今の自分がどういう状態であれ、自分は過去こうやってこうやって……こうやってきたから、今こうなっている、としか説明できません。

これは当たり前のことです。

成功者にしろ失敗者にしろ、人が現時点の自分の在り方に何らかの理由を見出そうとすれば、当然にそういう話にしかなりません。

要するに、人は現在の状況について説明する場合、結果論しか語り得ず、しかも通常自分の過去についてそれほど詳細に精密に分析している人などほとんどいないのです。