嫌と言えない心理

嫌なことを「いや」と言えない場合があります。

ただ、これには2つのパターンがあると思います。

嫌と言えない

ひとつは、性格的にだれに対しても自分の意見や感情をそのまま出すことを躊躇うタイプの人です。

しかし、そうではなくて

「なぜか、あの人には素直に自分の気持ちを言いにくい」

……というように、特定の相手にだけ本音を言うことを極端に避けようとしてしまう場合もあるでしょう。

忍336



嫌いな相手には協力しないか

私の育ったところは、住んでいる人がみんな知り合いというようなごく田舎の町です。

私は親元を離れたい一心で東京に出てきました。

右も左も分からないままほとんど何の準備もなく慣れない都会にやってきて、最初はとにかくアルバイトを探しました。

初めてのアルバイト先にK君という先輩がいました。

K君は見るからに体格がよく、性格も典型的な親分肌といった感じでアルバイト仲間はもちろん社員でさえ彼には安易に逆らえないという雰囲気がありました。

実は第一印象で

「わ、関わりたくない人……」

と思いました。

今ならそんなこともないのですが、その頃の私はこういった親分肌で強面の人には特に苦手意識があり必要以上に相手に合わせてしまうというか、嫌われたり目を付けられたりしないように気を使ってしまうところがあったのですね。

そのせいかどうか分かりませんが、なぜか私はどうやらK君にとても気に入られてしまったようなのです。

いつの間にか一番の友達(こっちの感覚から言えば、友達というより子分のような感じ、なんですが)になってしまったのでした。

K君は遊びに行くとなればいつも真っ先に私を呼びますし、アルバイト先でも熱心に面倒を見てくれました。

案外なことですが、その風貌やうわさに聞く武勇伝とは裏腹に……彼は私にはむしろいつも朗らかに、穏やかに接してくれるだけでなく、非常に気を使ってさえくれました

しかし結局は、最後まで私はK君に気を許すということができませんでした。

今考えると

「それほど過敏にならなくても……むしろK君に悪かったな」

とも思ったりするのです。

しかしその頃はとにかくK君はなるべく接したくない人。なのにさもフレンドリーといった感じで私の世界に土足で踏み込んできて当然のように合意と協力を求める人。

私にとっては、K君のごく気軽な願いごとはいつでもほとんど命令に近いのです。

あ……でも、K君の願いごとっていうのは、いわゆるいじめっ子的な

「ジュース買ってこい」
「金貸せ」

とか、そういうのではないです。

たとえば、

「今度の休みにいっしょに〇〇に遊びに行こう」

とか、

「この趣味面白いから、お前もやれ」

といったことが多かったです。

つまり、たぶんK君はほとんどの場合むしろ単なる好意で、ある意味では私にも当然良かれと思って言ってくれていることが多いわけです。

ただ……私には、ほとんどそれは余計なお世話っていうか。

嫌なんです。本当の気持ちは。

しかし、自分でも不思議なのですが、私はいつもそれを満面の笑みで受け入れてしまうのです

不本意な合意もある

私はいつも内心苦々しい思いをしながら、でも結局引き受けてしまうのでした。

しかもそういう時

「どうでもいいから適当に済ませてしまおう」

とも思えないのです。

むしろなぜか、ふつうの場合以上にその期待に感えようとしてしまうのです。

たとえば、本心から友達だと思っているなら断るのはむしろ簡単なのです。

しかし私は本音としてはぜんぜん関わりたくもないのに、どこか威圧的な雰囲気があるK君にはいつも「協力」してしまうのでした。

もちろん一方で

「なぜこんなことのために自分の時間を感やしているのか」
「彼はいったい何の権利があって私にこんなことをさせるのか」

といろいろな感情が湧き起こってきます。

でもそうは思いながらいつも同じことを繰り返してしまいます。

つまり……気に入らない人のために、したくもない協力をしている自分がいるのです

もちろん、単純に言ってK君って、怒らせたらこわいタイプの人だと思います。でも、ただそれだけだったら、私も別にそれほど意識しなかったかもしれません。

K君にしても、本当は私が断ったからといって別に気にしないかもしれないのです。

実際、私は彼に脅されたりしたわけでもないし何かいじめのようなことをされたわけでもないのです。

むしろそういう行動があったら断る理由にもなるので助かるのですが、彼はそのような素振りを見せたことすらないので私としてもなぜか親しげにふるまい彼にいつも好意的であるという構えを崩すことができずにいました。

嫌いなのに協力してしまう心理

だれだってふつうに考えれば、嫌いな人に好きこのんで協力などするわけがないと思うでしょう。

私とK君の場合も、後から考えると他にいくらでもやり方はあったのかもしれません。

しかし、私自身ずいぶん長い間その状況に甘んじていたというのも事実です。

残念ながら人間は、警戒感や不安というようなネガティブな心理からでも相手に協力してしまう場合があるのです。

おそらく、K君は私だけでなく周囲のみんなに支持や協力を求めやすい状況にあったと思います。彼がいる空間はまさに彼を中心に動いていたといっても過言ではありませんから。

ある意味で、彼は

「他人を協力させる一種の強制力」

を持っていたということです。

現実を考えるとそういう要素はむしろ協力につながりやすいのかもしれません。

そういう時私たちは一種独特の心理的拘束を感じます。

でも協力してしまうのです。

善意、好意で協力する……とは限らない

もちろん本当にみんなから慕われて善意で協力してもらえる場合もあるでしょう。しかしそうとは思えない場合もあるということです。

つまり、一般的には当然だと思われているかもしれませんが

「人間的に魅力があり好意を持てる相手にはだれでも協力する」

というのは現実を見ると絶対的に正しいとは言えないということが分かります。

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