夫婦の会話に、変化を見る

卑近な例ですが、私たち夫婦の会話から気が付いたことがあります。

会社を辞めたころ、私は自宅に仕事を持ち込むことが多くなったので、幸か不幸か……妻や子供といっしょにいる時間が増えて会話する機会は急に増えました。

それ自体は良い経験だったと思います。

夫婦、家族

しかし、仕事をする上で、それは私にとっては必ずしも都合がよいとは言えませんでした。

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気持ちの齟齬

たとえば、私としては会社を辞めて起業するというのは、仕事をする場所が変わったというだけであって、自宅にいるとはいえ、やはりそれなりに緊張感を持って集中して取り組みたいと感じます。

だから私としては当然、私が仕事に集中できる環境を保つことにできるだけ協力してほしいという気持ちがあります。

一方の妻は今育児でもありますので、専業主婦として家事はほとんどやってくれていました。

それについて特に不満を漏らすこともなかったので私はその点では非常に感謝しています。

ただし、妻としては

「せめて育児については夫婦二人で取り組むべきだ」

という気持ちがあったようです。

……まあ、当たり前ですけど。

具体的には、たとえば自分が炊事や掃除をしているときくらい子供を見ていてもらいたいとか。

せっかく自宅にいるのだから、たとえば休憩しているときやゆっくり新聞や雑誌なぞ読んでいるのだったら、もう少し子供との時間を作ってくれてもバチは当たらないだろう……というようなことをしばしば言います。

直接に責めるような言い方ではないにしろ、会話の節々にそんなニュアンスが読み取れます。

私はそういうとき

「そうだね、分かったよ」

などと口では理解を示すようなことを言いますが……実は心から納感しているわけではありません。

本心では

「炊事や掃除なんて完璧にこなさなくていいから、子供の面倒を見ながらやってくれるほうが助かるんだよなあ」

とか内心で勝手に思っています。

休憩もするし、仕事に煮詰まってボーっとしていることも本当にあるのですが……でもそれは

「必要があってそうしているんだ、単にヒマをつぶしているわけじゃない」

などと内心では抵抗しています。

その頃は特にケンカするわけでもなく、しかし日常的にこうしたお互いの意思の齟齬みたいなものは感じていたと思います。

もちろん、私は家族を愛してはいます。子供にしても、いわゆるかわいい盛りです。私だって、できることなら一日中ずっとかまってあげたいくらいの気持ちはあります。

しかし、それはそのころ私が持っていた価値観における愛情の注ぎ方ではありませんでした。

むしろ、一日も早く仕事を成立させ、軌道に乗せなければそれこそ家族にも迷惑です。

後で気付いたこと

自分の家族のことを何となく考えているうちに、ふと気がついたのですが、私は

「自分なりには愛情を注いでいる」

と考えている一方で……妻が望んでいることについてかなり無頓着だったのです

それなのに、今度は自分の望んでいることについては……妻が最大限に協力するように願っていたわけです。

これはある意味で非常に不思議なことです。

もちろん、私は別に

「妻は夫に黙って従うべきだ」

というような価値観を持ち合わせているのではありません。

そうではないけれども、やはりどうしても自分の考え方を優先して、当然にそうあるべきだというふうに感じてしまいます

「これくらいは考えてくれてもいいんじゃないか」

というような、一種の権利を保有しているかのような気持ちがぬぐい切れないのです。

そして、たぶんそれは妻の立場から見ても同じなのです。

当然、妻には妻の言い分があります。

それほどはっきり主張することはありませんが、でも私にも分かっていることは……妻にとって見れば、私の仕事のディテールや環境保全といったことよりも、夫婦二人で育児や子供の教育をすることのほうが主な関心事であり心配事でもあるということです。

観念としては、愛する人には最大限協力してあげたいという気持ちがあります。

それは確かなのですが、しかし私たちはお互いに、現実にその言葉通りの行動を選択していたとも言えないわけです。

願望と行動の変化

予想はしていましたが、会社の取締役だった頃に比べると私はかなり収入が減りました。

自分で選んだこととはいえ、これから子供も大きくなってゆくし、将来のことを考えると気が気ではありません。

妻も当初はそれほど心配していなかったようで

「仕事のことには口を出さない」

などと殊勝なことを言っていたわけですが……現実問題、家計の大幅な変化を肌で感じたのでしょう。

すると、次第に

「これから仕事はどう展開していくつもりか」
「もっと何かできることはないか」

というような話題がしばしば出てくるようになります。

で、後で気が付いたことですが、そうなってくると、なぜか以前主な関心事だったはずの育児への協力とか、子供との時間……といった話が妻の口からほとんど聞かれなくなりました。

私は私で、そのことがむしろ心配になったので、たびたび子供と遊んだり意識的に家族サービスしたりなんかして、むしろ気を使い始めました(笑)

これは、経済的な心配が浮上したことで結果的に、お互いにとって都合のいい状況になったとも言えますよね?

で、どうしてこういう変化が起こるのだろうか? ……というのが私には非常に不思議なのです。

問題意識の変化

私なりに感じたことは、妻にとっては当初、私の仕事の内容など実はあまり関心事ではなかったのだろうと推測します。

ですが、それが日々の生活と家族の将来を左右するのだということを強く実感し始めると、それはある程度「自分の問題」としても意識され始めるということです。

こういう時、人は結果として「相手に協力的になる」のだと私は思いました。

逆に私の立場を言うと……以前あれほど「子供、子供」と言っていたのに、急に妻がその話をしなくなると

「もう私は期待されていないのだろうか」
「妻の心が私から離れつつあるのではないか」

というように心配せざるを得なくなります。

すると、心理的に私は妻や子供との間に距離が開いてゆくような気持ちになってしまい、それをもとの状態に戻そうという意識が働きます

お互いに意識してそのようになったわけではありませんが、こういう時、人はその相手に積極的に協力しようとすることでその距離を縮めよう、引き戻そうとする……これは相手に協力しようと思うかなり大きな動機になると考えられるわけです。

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