他人に協力する条件は何か

私がイメージする

「協力的メンタルフィールド」

が発生する典型的な場面をいくつか挙げてみようと思います。

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何が「協力的メンタルフィールド」をもたらすのか

① 同じ立場にいるとき

まず私がすぐに思い浮かんだのは、同じ集団の中で、お互いが相手と同じような立場に位置しているということがはっきり感じられる場合です。

このような場合には協力的メンタルフィールドが発生しやすいと考えられます。

一般的な言い方をすると

「相手の立場がよく分かる」

という状態の時です。

たとえばですが、仮に2人の社員が同じ課でいっしょに働いているとします。

そこに配属された新しい上司が「すごくイヤなやつ」だったとします。

すると……このときその配下にいる2人は共に

「そのイヤな上司の下で仕事をしなければならない立場」

に立つことになります。

このように、明確に自覚しやすい対象が存在していると、自分と同じ立場を共有している相手のことが急に強く意識されることになります。

おそらく、今までよりも単純にコミュニケーションの機会が増え、互いについての情報量も増加していきます。

それに、この2人は、おそらくそのイヤな上司について共同戦線を張ろうとしたりします。あるいは、互いに励まし合ったり、慰め合ったりすることもできます。

この場合、2人は自ずと協力的になります。

場合によっては、それをきっかけに今度はそれ以外のさまざまな面でも文字通り協力する可能性も以前より高くなるでしょう。

こういった変化はたいていの場合、会社なら会社という実体的な場で起こるため、本人たちにとっては所属している場そのものが仲間意識を生み出しているように思えるかもしれません。

しかし、実際はたとえ同じ組織に属して長期間ごく近くでいっしょに働いていても、自覚的に連帯感や仲間意識を持つ機会がほとんどない場合も決して少なくありません。

単に同じ場所や同じ組織に属していたというだけでは、同じ立場を自覚的に共有するとは限りません。

同じ立場を共有するという認識は、どんな枠組みに属しているにしろ実体的な場に対する所属意識という以上の意識的な感情を持たない限り生まれにくいのです。

他の例

たとえば旅行中に同じ列車にたまたま乗り合わせた乗客たちは、何もなければごく偶発的に同じ空間に存在しているにすぎません。

実体的「場」としての結び付きはごく薄いです。

しかし、仮に乗車中に深刻な車両事故が発生して、列車が線路上でストップし、状況もよく分からないまま車内に閉じ込められてしまいました。

すると、おそらくそこに居合わせた乗客たちの中には、妙な連帯感のようなものが広がっていきます。

いわば

「突然の事故で、困った状況下に置かれている私たち」

というような共通の認識です。

仮にそこで、あまりに不十分な、お粗末なアナウンスが聞こえてきたらどう感じるでしょう。

「……え~ただいま……車両事故のため……電車が止まっており……え~っとただいま原因を調査中で……え……」

実は、私自身新幹線で移動中にこんな状況に居合わせたことがありまして……。

かなり前のことですが、確か大阪から東京に戻ってくる新幹線だったと思いますけど……たぶん駅でもない線路上に2時間くらい立ち往生して動かなかった記憶があります。

で、その時は近くで大声を出したりする人はいませんでしたが、やっぱり苛立ちの言葉があちこちから聞こえてきました。

「どうなってんだよ……」
「ちゃんと説明しろよ」

こんな時、私たちはたいていその事態そのものよりも、説明や対応の悪さに対して我慢できなくなるものです。

あえて言うと、そこに居合わせた乗客の人たちはいわば

「自分たちは正当な料金を払って電車に乗っているお客なんだぞ」

というような、共通の立場を自覚し始めるのです。

すると、それまではまったく一言も話しかけなかった乗客どうしが声をかけ合ったりしました。

特に意味はありませんが、

「どこまでのご予定ですか?」

とか、

「困りますね」

とか互いに確認しあったり。

持っているみかんを近くの子供にあげている人もいました。

それと、みんな口々に、不安や不満を言い始めるのですが、冷静に聞いていると……その言葉は最初は

「んだよ、ったく」
「こんな時に限って……」

とか、各々の思いを吐露しているだけのような感じだったのが、だんだん

「状況説明すべきだろ」
「車掌さんが、回ってくるべきだよね」

とか、乗客全員を代表して訴えているみたいな言い方になっていくようにも思えました。

実体としての場に対する所属意識がごく希薄な場合でも、同じ立場を共有しているということが発見されると、人々は協力的にふるまおうとする……これはその過程を示しているようにも見えます。

必ずしも善意だけではない

「協力的メンタルフィールド」を構成する要素というと、いわゆる感情移入とか共感といったもの……つまり、純粋で好意的、良心的な精神活動に関わるものが真っ先に想起されると思いますが、実はそれ以外にも、きわめて多くの「情報」があり得ます

たとえば、前述の通り相手が自分と同じ立場にある場合、互いに協力的になりやすいとすれば、それを知るためには、単なる相手のプロフィールとか、相手の過去の経験とか、考えや行動の傾向などが自分のそれと類似しているかどうか……といった判断材料も必要で、その情報そのものが協力的メンタルフィールドの要素と言えます。

また、互いが協力的に行動する動機も、必ずしも「善意」であるとは限りません。

たとえば、自分が今抱えている現実的な特定の案件に利用できる可能性があるとか、あるいは金銭などの利害関係といったものが自分と相手にどう関わっているか、いわゆる

「利害が一致するかどうか」

といったシビアな面を含んで成立する場合だってあります。

あるいは、いったん相手に協力することで、何か別の利益やメリットを狙っている場合も考えられます。

必ずしも

「協力=善意」

ではないのです。

② 相手に依存しているとき

協力的メンタルフィールドが生まれやすい条件をもうひとつ挙げます。

それは特定の相手に依存しているとき。

つまり相手が自分のために何らかの役割を果たすことが自分にとって不可欠だと思っているときです。

自分と相手のどちらかがそうである場合もありますし、互いに依存し合っている場合も含みます。

たとえば、一般的に言えば上司と部下というのは組織の指令系統に基いて設定されているものですから、それだけでは必ずしも「依存している」という感覚は生まれません。

長年いっしょにやっているからとか、業務上の評価が高いから、あるいは人柄がよいから……というだけでも「依存」には至りません。

また、もし実質的に依存していたとしても、その依存している関係が自分の望まないものであるときには必ずしも協力的メンタルフィールドは生まれません。

相手に依存しながら、でも主観的には

「自分は組織内での役割を忠実に果たしているだけなのだ」

などと相手を心理的に拒絶しているような場合、その人はほとんどあなたに協力的な行動をしようとはしないでしょう。

つまりこれも主観が大きく影響しており、

「これは望ましい依存であって、しかもいつもよい結果が出る」

というような満足感をすでに体感している場合や

「おかげでいい仕事ができた」

というような達成感や感謝の気持ちを伴っていなければ協力的メンタルフィールドは生まれにくいです。

上司と部下、という例を出しましたが、でも依存関係は必ずしも組織の内部に見出されるわけではなくて、想定されるさまざまな状況の中で

「その人がある役割を果たすことが自分にとって直接的に必須である」

と考えられる状況であればどこでも発生します。

ただし、相手に依存していることはやはり同じ「場」にいるときのほうが持続しやすいと言えます。

人はふつう、同じ場所にいるだけで必然的に依存してゆく傾向があるからです。

自分自身がある場所に属しているという自覚があれば、その場所に自分が居続けるために影響のある特定の相手を当然に意識します。

いわば相手を自分が属している環境の一部と見るわけです。

「場」を否定している人は協力しない

もちろん、嫌いな「場」にいる人とはなるべくなら依存的な関係にはなりたくないものです。

たとえば会社に採用された最初の段階で、いきなりどうしても好きになれない上司や同僚がいたとしたらあなたはどうするでしょう。

たいてい、まずごく単純に現実に彼らを排除しようという心理が働くでしょう。しかし、これはいわば原初的な、ある意味幼児的な欲求というか心理に過ぎません。

そもそも自分のほうが採用されたばかりでそれはほとんど不可能です。

現実に排除することができない、あるいは現実に排除するというような行動は倫理的に、常識的に考えて良くないと考えたとすると……次には少なくとも自分のイメージの中で、嫌いな人々を除外した人的環境を構築しようという意識が働くのではないかと思います。

たとえば、同じ場に属していたとしても、その人がいないとできないような仕事を担当することを避けようとしたりします。

その人を除いた仲間内のグループを作ろうとしたり、その人が関わりそうもない人たちに接近したりします。

この場合、その人はそうすることで目の前の嫌な相手から心理的に逃げることができます。

ちなみに、このようなとき、当人は同時にそのよりどころとなる人たちのほうに心理的に依存していることになりますから、結果的にその人たちに対しては非常に協力的になるはずです。

しかし、相手が直属の上司だったり相手の影響力や強制力が直接に自分に関係したりする状態だと、そういった回避策も難しくなりますよね?

その場合、おそらく多くの人は、そこで心理的な場を構築しようとすること自体をやめてしまうのです。

つまり会社には属していながら心ここにあらずという状態になります。

たとえば、あえて所属意識を持たないように職場や仕事というもの自体を軽視するようになります。

「ここで働いているのはあくまで腰掛けに過ぎない」
「給料さえもらえれば、仕事なんて何でもいい」

とか……目を逸らそうとします。

他方プライベートを明確に優先しようとします。他に打ち込める何かを見つけようとしたりします。

こういった場合、その人は職場という場所以外の何か別のところに自分の「場」を確保しようと考えているのです。

表向きふつうに仕事をしているように振る舞っていても、それは一時的に建前的に迎合しているだけで彼は内心ではまったく協力的でなくなります。

それは、ある意味、自分が属している実体的な場の範囲内で、依存できる相手が見つからないのでそうせざるを得ないのです。

実は多くの職場にそういう社員がいるのではないでしょうか。

③ 協力したという事実が習慣化されたとき

次に、協力的メンタルフィールドが成立する場合として考えられるのは、過去すでに協力したという実績が心理的に固定しているときです。

仮に、最初は別段意識的なものでなくても、自主的なものでなくても構わないのですが、経緯はどうあれ人間はある程度関係自体が固定してしまうと、それをあえて崩そうとはしません。

もちろん、よほどはっきりと大きな問題があった場合は別ですが。

たとえば、あなたが営業の仕事をしているとして、A社という上得意の取引先の担当者の方がいるとします。

お得意さんですからいろいろサービスしてあげます。業務としてのサービスとはあまり関係のないようなことも、個人的に良かれと思ってやってあげたりもします。

ところが、あなたはある時、思い立って転職することになりました。

それなのに……前の会社の営業先であるA社の、あの担当者の人があなたに直接連絡を取ってきて、何かと個人的な頼みごとをしてきます。

こういう時って、むげに断れます?

もちろん、もともと苦手なタイプで、前職時代から本当はあまり付き合いたくはないと思っていたのなら別ですが、そうじゃなくて、本当に良い関係を構築できていたとして、その人が立っての頼みと言ってあなたを指名した来てくれたのに

「私もう、御社と関係ないんで」

とか言って、きっぱり?

たぶん、そんなことしないですよね?

仕事上は直接関係ないんだけど……一応、ある程度のことは面倒見てあげようとするのではないでしょうか?

あるいはですね。

あなたが得意なことがあるとして、それを知っている友人が、たびたびあなたに、それに関係することを依頼してくるとします。

それがもう暗黙の当たり前のお約束みたいになっているとします。

そうなると、いつの間にか、相手の頼みを聞くのに理由が不要になってきて、むしろ

「今回だけそれを断る理由」

が必要になってきませんか?

特に断らなければならない理由が見つからない場合、なんとあなたは

「その頼みを聞く義務がある」

ような立場になってしまっています。

たとえば、自分の仕事が立て込んでいて、それだけでも時間が足りないというのに……その特定の繰り返される頼みごとの場合だけ、それでも断れないで、わざわざ自分のスケジュールに割り込ませてやってあげたりするのです。

このように、動機や経緯はどうあれ、すでに過去に何らか協力したという事実があると、再び協力する可能性がかなり高くなります。

とはいえ、これは必ずしも心から喜んで協力してくれているという意味ではありません。

もしかすると、すごく嫌だけど仕方なく……かもしれません。

ですから、いつも笑顔で協力してくれるからといって、相手が常に好意的に聞いてくれていると思い込んでいるとしたら……それは大きな間違いです。

【嫌と言えない心理】

④ 動機が強化されたとき

上司と部下の関係について、先の例とは対照的に、時に自分の上司に対して

「彼の仕事を補佐するのは自分しかいない」
「私は彼に必要とされている」
「彼のためなら損得抜きで何でも引き受けるつもりだ」

というようにきわめて積極的な気持ちが生じることがあります。

組織の中で自分の役割を果たすというよりも、むしろその人に直接的に主体的に協力しようという気持ちが強くなる場合です。

この場合にもやはり実体的「場」の重要性は低下し、本人にとっては協力的メンタルフィールドが優先されます。

上司側から見たときに非常に気に入っている部下というのもこれに当たる場合があります。

「彼がいるから私も何とか仕事で成果を出すことができる」
「彼とぜひ仕事がしたい」
「君の頼みだったらなんでも相談に乗ろうじゃないか」

というような気持ちになることがあります。

時として部下を動かすための方便や社交辞令ではなく、本心からそう思える部下と出会うことがあるでしょう。

で、もし上司と部下がお互いにそのような認識を持っているとある意味で非常に理想的な、仕事の上での関係を踏み越えたような間柄にさえ見えることがあるでしょう。

ハタから見ている人には

「なぜそこまでして仕事をするのか」

というふうに映ることもあります。

しかし実は、このときすでに彼らは組織とか、上司、部下というような実体としての規定や枠組みを超えた協力的メンタルフィールドに立っているのです。

そもそも協力的メンタルフィールドの共有が成立すれば、その共有関係はもはや実体的な場とはまったく無関係に、お互いの意思によっていくらでも強化されます。

ですから、本来的な協力を得るためには、協力的メンタルフィールドを前提に考えたほうが理想的です。

実体的な場は、もちろん特定の相手との協力的メンタルフィールドを作るための前提的環境を提供してくれるという意味では価値があります。

しかし、たいていはそこまでです。

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