本当の自己啓発というのはたまにすること

本来、自己啓発という意味を

「個人におけるパラダイムシフト」

と定義するなら、それは長期間ずっと継続して行うようなものではないはずです。

特定の日

忍336



ノウハウは必要になったときに探す

基本的には、まず今取り組んでいる行為や作業そのもののほうが実は主であって、通常はそれがうまくいっている間はただそれを進めればいいだけなのであって、そこに何らかの問題や不足などが生じたら、次に、その過程で必要な直接的な「ノウハウ」を探して取り入れたり、試行錯誤したりするということが起こります。

さらに、それでうまく進んでいる間はそれでよいのであって、その範囲では、その次元ではもう進捗がないとか、行き詰ったとか戦略や発想を変える必要が生じたときに、初めて「自己啓発」を意図的に行えばいい、という順番というか、循環が考えられます。

少なくとも、常に中心的な事柄はあなたが今行っている行為や経験のほうであって「自己啓発」というのは中心的な事柄ではありません。

現実には、通常「啓発」が起こるとすれば、その活動なり、あなたが得た情報なりを通して(多くの場合、単独ではなく相乗的に)あるタイミングで勝手に起こります。それは時々起こる、あるいは稀に起こるという性質のものであるはずです。

あるいは、自ら意図して「自己啓発」のための情報を積極的に取り入れているような場合であっても、本来の意味での自己啓発とは、その情報のみによってではなく、あなたが実際に行っている行為や作業、例えば仕事や趣味や、日常的な習慣などの中での実践や検証を経て初めて得られるものです。

ノウハウは、貯蓄するものじゃなくて消費するもの

よく指摘されるところですが、ノウハウコレクターというのは、考え方として必要なノウハウを先に完成させてから作業に取り掛かろうとするようなイメージを持っていることが多いように感じます。

あるいは、もっと言えば、ノウハウコレクターになってしまうのは、むしろ世にあるノウハウを集めることによって、自分がしようとする行為を「後付け」で選ぼうとしているフシがあります。

それで、いつまでたっても始まらないし終わらないのです。

結果も出ないのです。

たいてい、仮に最初にすべてのノウハウを調達したと思っても実際に作業を始めると必ず分からないことや迷うことが出てくるものですし、何かをしようと思えば必ず偶発的な要素が含まれてきます。そういうものは、そもそも先に準備しとくことが不可能ですし、その時に考えるのが最も効果的です。

さらに大きな視点で見れば、

「成功というものはこういうものである」

と言えるためには少なくともいくつかの成功と失敗の経験をすでに持っていなければ語る材料を得ることができません。

いわゆる成功哲学といったものは、少なくとも何度か、自分がすでに成功体験をした後で振り返って初めて考えるようなものでしかないのです。

自然な流れで考えるとそうなります。

もし前もって成功というものを完全に規定しなければ何も実行する気にならない……とすれば、あなたはその「規定」を永遠に完了することができないのではありませんか?

忍336



忍336