メタ思考の重要性が増している

「メタ思考」はある意味では、現代人に課せられた義務みたいなものとも言えます。

そもそもこんなに知識や情報がなかったら、ものを考えることがこれほど大変ではなかったでしょう。

どうしてもスピードが追いつかず山積みになった問題。いくら悩んでも答えの出ない問題……。

そこへまた追い討ちをかけるように日々雑多な情報が否応なく流れ込んでくると、

「どれから手を付けるべきか」
「第一それを決めるにはどうしたらいいのか」

と考えなければなりません。

このような場合の思考は、日常的に起こる一種のメタ思考であって、個別の事柄について考える際、私たちはたいてい

「問題に対処する方法について」
「物事の考えかた、決めかたについて」

と言うような抽象的な問題を解決しようとします。

そのほうが効率的だし、良い解決策が得られやすいと感じるからです

理屈で考えるとそうなります。

だから、メタ的に考えようとします。

意識的なメタ化の方法論

通常でも、人間の思考はメタ化と脱メタ化の間を自由に行ったり来たりします。

抽象化と具体化と表現しても良いですが、とにかくそれは、最初はごく自然に起こります。

そして、時にそこに一種の飛躍だったり、ひらめきだったり、新しい考え方への気付きだったりが見出されることもあります。

これはある意味、確率的な問題であって、だれの身にもいつでも起こり得ることです。

次に、今度は、そのようにある意味本能的にというか、自然に起こる「メタ化」「抽象化」を、もっと上手に、意識的に、あるいは適確に厳密に行うにはどうしたらよいかと考え始めます。

それで、

「○○思考法」
「〇〇する方法」

といった自己啓発本がたくさん発売されているわけですね?

もちろん、思考法とか、あるいは自己分析とか性格改善とか……こういうテーマは自己啓発において中心的なもののひとつです。

これらは、ある側面から言えば、メタ思考、メタ認知のやり方を説明しているものと言うこともできますね。

【自己啓発とメタ認知】 

ところが、たとえば思考法に関する本とか、あるいは「〇〇成功法」といった本でも同じですが、そういうのをたくさん読んで、それらに関する情報を多く知ると……またそれらをさらに「メタ的に」整理したくなりますよね

「成功法則」とか「成功哲学」といった種類の情報もそうなのですが……それって、そもそも多くの事例や過去の試行錯誤の結果を「まとめた」ものであるはずなのに、そのようなたくさんの知識や情報を仕入れたら、またそれをメタ化する必要性が出てきてしまうのです。

このようにして、知識や思考というのはある意味勝手に、抽象化の「階層」を作り上げていこうとします。

これもまた人間の思考の持っている自然な傾向なのですが……それによって多くの人が混乱しがちなのも事実です。

それで、昨今「抽象的思考の重要性」「メタ思考のトレーニングの必要性」が強調されるのでしょう。

【その考え方はどうなのか】