お金持ちは、人生を「適度に」長期的な視点で見ている

俗に「貧乏暇なし」と言うように、お金に困っている人、お金に追われている人ほど気持ちの上で余裕がなく、また実際日常のさまざまな雑事に忙殺されて長期的な視点を持つ機会が少ないように感じます。

一方で、お金持ちになる人は、常にある程度「長期的な視点」で物事を見る習慣が身に付いています。

長期的に持つ

それはたいていの場合、すでにその人の習性のようになっているので、特に意識して

「長期的な視点で物事を見るようにしよう」

とか、いちいち考えなくても自然にそのように考えるクセが付いているのです。

長期的視点の持つことの有利さ

何についてであれ、常に長期的視点をもって物事に当たるというのは、いつも目の前のこと、その場のことしか念頭にない場合と比較すると、明らかに有利だと言えます。これはほとんど疑問の余地がないと思います。

たとえるなら、いつも自分の足元だけを見て歩き続けている人より、自分が進む道を、少し前のほうを見ながら歩いたほうが通常は安全ですし、何が来てもうまく対応しやすいのは自明のことです。

あるいは、将棋やチェスなどのテーブルゲームにおいて、たとえば常に一手先しか読めない人と、3手先まで読める人とが対戦した場合、勝敗は初めからほぼ決まっていると言ってもいいでしょう。

これは、日常起こるすべてのことについて同様に当てはまるのではないでしょうか?

私たちは毎日の仕事や生活の中では、その時、その時で

「たまたま」
「偶然に」
「突発的に」

いろいろなことが起こるように感じることもありますが、冷静に振り返ってみると実は身の回りに起こる多くのことは、完全とはいかないまでも、あらかじめ予測しようと思えばだいたい予測がついたかもしれない、と感じることがけっこう多いものです。

あらかじめ予測していれば……ですけど。

生活の中で降りかかってくる問題や、人間が抱えるさまざまな課題の多くは「実際に起こるまで気にしていなかっただけ」であることが少なくありません。

近視眼的な思考や発想しか持たない人は、それだけ多くの「突発的な事態」に遭遇し、都度振り回されることになります。しかし、少し先を見通せる力があったなら、その多くはあらかじめ回避できたかもしれません。

先を見ているから「アクション」ができる

たとえば、月給制で働いている人の場合は、どうしても「今月」という単位で物を見てしまいがちです。多くの人は、次の給料日がいつで、その先の支払いはこれとこれが必要……くらいのことしか考えていません。

そのような人の場合、その少し先、たとえば「再来月」の収支状況がどうなっているだろうか?

……と考えることは稀だと思います。

もちろん、GWや夏季休暇が近付くころには、レジャーやイベントの予定などをチェックしたりするかもしれません。

でも、たとえば自分の業務とか日常生活が、「今月」と「再来月」でどう変化しているだろうか? あるいは、

「どんな変化を起こすべきだろうか?」

と発想する機会などほとんどないかもしれません。

夏休みの宿題はお盆前に済ませておくことです。アリとキリギリスの童話みたいに、夏の間に次の冬に備え、冬の間に次の夏に備えておくことです。

特に、そこでのポイントは単に「どうなっているだろうか?」という予測や想像だけでなくて、そこで期待される、またはそこに至るまでに必要な

「自分の主体的なアクション」

を予測することです。これは、あなたがあらかじめ考えない限り実際に起こることはありません。

単に先のことを思いやっているだけでは、単に予測通りの未来が予測通りにやってくるだけです。もしそれをさらに良いものに変えたいなら

「もし今こういう行動をしておけば → こうなっているかもしれない」

という発想が有効です。

「長期的な視点」とは、将来を夢見ることじゃない

よし分かったと。

その場しのぎや、その日暮らし的な発想や思考だけではダメだと。

……すると、多くの人はすぐに遠い将来のことを夢想したり、あるいは、いわゆる

「長期的な目標」

といったものを想定しようと考えます。

たとえば、自分の人生を俯瞰して、何歳になったころにはこういう状態になっていて……みたいなことを思い巡らせようとします。もっと緻密に期限を入れた「ライフプラン」、また仕事に関して言えば「キャリアプラン」といったものを作成したりもします。

私もずっと若い頃に、そんなことをしていたことがあります。今、まったくその通りには、なっていませんけどね。

まあ、夢や目標を持っていること、それ自体は別に悪いことではありませんので、それは良いのですが……でもそれは今言っているのとは別の話です。

ここが誤解しやすいのですが、しばしば

「長期的な視点を持ちなさい」

などと言われると、それは

「人生全体を計画して、その通りに進めなさい」

というように言われているのだと勘違いしてしまうことがあります。

……言われたほうもそうですが、そう言っている人のほうも、往々にしてこんな誤解をしている場合があります。

でも、少なくとも、今私が思っている「お金持ちになりやすい思考、考え方という場合の長期的視点」というのは、そのような意味ではありません。

ここで言っているのは、

「長期的な目標を作ること」

ではありません。

「人生全体を俯瞰すること」

でもありません。

実践的な面でより決定的なことは、

「今より、ちょっと先のことを見て、今すべきことを判断する習慣を付ける」

ということです。

今まで一手先しか読めてないのだったら、二手先、三手先……が読めるようになることです。

たとえば、今日、明日のことではなく、3日後の状況を予想して今すべき正しい判断をすることです。

今月だけのことではなくて、再来月くらいで起きうる変化に目を向けることです。

あるいは、どの学校に進学しようかと思い巡らすだけではなく、進学した後にすべきことを先に想像しておくことです。また、意思決定しておくことです。

どの会社に就職しようかと悩むだけでなく、その会社で一定期間過ごした後、その結果自分の状態はどうなっているか、どうなっているべきかを予想して、今すべき努力の方向や、続けるべき行動を判断するといったことです。

これは、人生の中で何度か訪れる大事な瞬間にはそう考えるべきだ……とかじゃなくて、ごく日常的に、自然にそのように発想するようなクセを付けるということです。

自分にとって「適度な」未来とは、どの時点か

お金持ちになりやすい人というのは、必ずこういう思考のクセを持っています。

だからこういった視点の持ち方について、単に一度考えてみる……というだけじゃなくて、これは繰り返し実践して試行錯誤して、そういった感覚を体得できると非常に有効だと言えます。

それで、漠然と試してもなかなかうまく行かないと思うので、まず自分が意識すべき「適度な未来」というのはどれくらい先の時点か、ということを何度も考えてみるという方法をおすすめします。

「自分が常にマークすべき、適切な時点」

を感覚的に探し当てるのです。あなたにとってそれはたとえば3か月後くらいの時点なのか、半年後と見るか? あるいは2年後を常に意識していくか……という感じです。

いつも心の中で、今から数えて「その時点」に自分はどうなっているか、どうなっているべきか……ということを常にマークしながら、今すべき行動をするのです。

コツは、いくら「長期的」と言っても、それは短すぎるのもダメだけど、遠すぎるのもダメ、ということです。

たとえば会社などで「長期的計画」というと10年くらいのスパンのことを指すかと思いますが、一個人にとっては10年というのは視点としては長すぎるように感じます。法人なら3~5年は「中期」と呼ぶかと思いますが、個人の感覚としては3年でも長すぎます。

ここで言っている「適度に長期的な視点」というのは、先ほど言った例になぞらえて言うと、自分が歩くときに、どれくらい先に視点を置いていたら一番歩きやすいかというような感覚です。

ずっと俯いて自分の足元を見つめながら歩いているのも危険なのですが、かと言って、いつも大空を見上げたまま歩くのはもっと危険でしょう?

それだから、チャンスが来ても気が付かないまま通り過ぎてしまうし、向こうからピンチが近付いてきても目の前に現れるまで気付かないで、ぶつかってしまうのではないでしょうか?

一番ちょうど良い「ちょっと先」に視線を向けて歩くのが良いです。あえて意識しなくても、自然に

「いつもそこに視点を合わせて歩く」

ような感覚になるのが理想です。

これは他のすべてのことにも当てはまりますが、こと「お金」についてはかなり顕著に影響するだろうと私は思っています。