自己啓発の例は無数にある

自己啓発的な活動の具体例を挙げようとすれば、それは非常に多岐に渡ります。

たとえばスポーツでも、芸術分野の趣味でも……一般的な意味で言えば、本人が自己啓発だと思ってやっていることは何だって自己啓発活動だと言ってよいことになります。

ということは、それは結局ほぼすべての事柄です。

これが自己啓発という言葉のややこしいところでもあります。

自己啓発だと思えば自己啓発?

たとえば、

  • 英会話を習う
  • 新しいアプリの使い方を調べる
  • 体力を付けるためにスポーツを始める
  • 天体観測のサークルに入る

……これらの例は内容的にはバラバラですが、本人が

「私はそれを自己啓発の一環だと思っています」

って言えばすべて自己啓発の例となり得るのです。

ただし、もし自己啓発活動の例文として挙げるならば、それでは身も蓋もないので、もう少しそれらしく言いたければ、その行為や活動が

  • 自分の考え方を変える
  • 自分の人生をより良くする

のどちらか、あるいは両方に直接貢献していると考えられる点を強調すると、より説得力があります。

自己啓発というのはそういう目的で行うのですから、その具体例がどんな例であろうと構わないことになります。

むしろ、他人に語る場合や応募企業に提出する場合などは、例として挙げる活動内容が奇抜であればあるほど有利とも言えます。

多くの人は、自己啓発の例と言われると、

「どんな活動なら自己啓発として相応しいか」

と考えてしまいます。

しかし、本来なら(または、あなたにそれを問うている立場のひとにとって)すでに自分が過去実際にやってきたこと、すでに熟知している事柄のなかから、あなた自身がどんな

「啓発的意味」

を読み取ることができているか、ということのほうがよほど大切なのです。

つまり活動の内容が問題なのではなく、自己啓発という場合にはその活動がこのような目的に結びついていると結論付けることができるかどうかが問題なわけです。

読書はすべて自己啓発?

読書にしても同じことです。

何の本であろうと、本人がそれに意味を感じて読んでいる限り自己啓発活動になるわけです。

そもそも読書をする主な理由と言えば、ふつうの意味で考えても

「新たな知識や知見を得るため」

です。それでなければ、おそらく

「単に面白そうだから」

「単に好きだから」

といった理由しか残りません。

ですから、それはたとえ本棚の中では

「自己啓発本」

と区分されていないとしても、本人にとっては、その意味で読めばすべて自己啓発となり得ます。

ふつうはそれを自己啓発本とは呼びませんが、別にコテコテの自己啓発本でなくても自己啓発にはなるということです。

むしろ、一般的な印象として考えるなら、いわゆるコテコテの自己啓発本をかじって不慣れな啓発体験を聞かされるほうがふつうはうんざりします。

それなら、まったく異なるジャンルの本や作品を例に、そこからあなたがどれだけ抽象度の高い意図や概念を導き出せるのかを披露したほうがよほど有意義だし、評価が高くなるわけです。