環境のせいにする心理と、自分のせいにする心理、実は同じこと

「自分が成功できないのは、今の環境のせいだ」
「こんな環境では、自分の力は発揮できない」

……って思っている人がいます。

フェンスの中

でも、すぐに他人のせい、環境のせい、社会のせい……にするのは良くないことだと、みんな知っています。みんなそう言いますから。

あなたも聞いたことはあるかもしれませんが、成功者の特徴としてしばしば

「自己責任」
「主体性」

といったものが挙げられます。

だから、同じ人が今度は、

「そんな考え方はいけない」
「やはりすべて自己責任なんだ」

と自分を責めたりします。

多くの人は、今の状況を環境のせいと見るか、いや自己責任と考えるべきかという自問自答を常に繰り返しているのです。

しかし、実はそもそも……そのようにして

「自分のせいか」
「環境のせいか」

問うこと自体が不毛なのです。

環境のせいにする心理と、自分のせいにする心理というのは、実は同じことなのですから

だれのせいでも同じこと

なぜかというと、だれのせいなのか、だれのせいにしようか……というふうに思考し続けている人が本当に欲しがっているのは

「自分が今いる、その環境にいることの正当性」

だからです。

その人は、自分がなぜその(不本意な)状況に甘んじているのかをちゃんと納得し、説明できるようにしたいわけです。その正当な理由を探し回っているにすぎないからです。

ところが、もし本当に今の環境が問題だ、嫌だ、不当だ……と思っているなら、仮に責任の所在が分かったところで現実的には何の意味も関係もありません

悪い環境、悪い人間関係……は、実際にある

「環境が悪い」
「あいつが悪い」

……仮にあなたが素直に率直に今そう感じているとしたら、私は、そう感じてしまうことをいけないとは思いません

意志の力や、無理に考え方をポジティブにするとか、ものの感じ方をを変えてみようとか、そういう方法論だけに偏ると、場合によってはさらに自分を苦しめる結果にもなりかねません。

たとえば最近では、鬱や過労死などの悲惨なニュースも珍しくなくなりましたよね?

そのような話を聞いたとき私たちがまず考えるのは、職場の環境や人間関係に問題はなかったか、無理なノルマや限界を超えた勤務時間だったのではないか、いじめやパワハラなどがあったのではないか?

……つまり、環境に問題はなかったのか、ということです。

もちろん、それぞれのケースがあって一概に語れません。

また、本人の資質や性格、考え方の問題と環境の問題は、実のところは単純に切り離して扱うことのできない面もあります。

しかし、その上で、でも正直に言うと、悪い環境、悪い人間関係、悪い条件……というのは実際に存在します

そうですよね?

むしろ、結果的に最悪の状態に陥ってしまった人たちだって、きっと最初のうちはその悪い環境にも負けず前向きに生きようとして、時には自分自身を責めたり、自分を変えよう、状況を少しでも変えようと努力したのではないでしょうか?

一方では

「環境が人を作る」

と言われているのです。

「環境や人間関係が悪いのは……環境や人間関係が悪いのです

つまり、たいていの場合、あなたが今いる環境というのは、あなた自身が素直にそう感じたそのままの状況だと、そのまま素直に受け止めたほうが自然です。

もちろん、自分自身の言動や心構えを正すことが有効な場合も少なくありません。

「もっと前向きに考えたほうがいい」
「他人の良いところに目を向けるべき」
「今すでに受け取れているものに気が付き、感謝することが大切」

多くの人があなたにそう言うでしょう。もちろん、それも一面では大切な考え方なのかもしれません。

しかし、そうは言っても人間です。

あなた自身が心から納得できるならそれも良いのですが、つい自然にそう感じてしまうものを理屈や精神力で無理に押し殺そうとしても、そう都合よくはいきません。

実際にどう見ても環境が悪いと感じているのに、

「でも本当は良い面もあるのだ」

などと無理に自分を納得させる必要もありません

私が今言いたいのは

「環境が悪いのか? 自分が悪いのか?」

ではありません。

はっきり言って、それはどっちでもいいです。

どちらにしろ、少なくともあなたがすべきことは、その悪い環境のまま耐え続けることなどではありませんよね?

だれのせいであろうと関係なく、実際に重要なのは、大切なことは……今の環境が気に食わないなら、

① そこから抜け出すか
② その環境そのものを変えるか

この2つ以外に道はないのです。

「チャンスさえあれば……」
「何かきっかけさえあれば……」
「だれかが自分に気付いてくれたら……」

というふうに嘆いている人の多くが、たぶん実際にチャンスが巡ってきても、きっかけがあったとしても、それをつかみ取ることができないというは事実です。

なぜなら、それを受け取る準備ができていないからです

そして、準備ができていないのはある意味当然なのです。

自分が今の環境にいるのは

「だれのせいか?」

と自問自答している限り、要するにあなたは

「今の環境にいたい」

と言っているのと同じなんですから。

あなたがその環境に甘んじている、その正当性を証明する手段……つまり、あなたが今の環境にいるのは仕方がないことなんだ、と納得できる説明を探し続けているだけだから。

チャンスの神様から見た「あなた」

良かったら想像してみてください……。

もしも、「チャンスの神様」がいたとします。何となく女神のほうがしっくりくる気もしますが……まあ、それはどちらでもよいのですが。

とにかく、世界中から自分が選んだ好きな人間に、その人が望むようなチャンスを自由に与える力を持っている神様です。

チャンスの神様は地球上のあらゆる国を飛び回って、真にチャンスを欲している人間を探しています。

さて、どうやって人々を見分けますか?

「分け隔てなく、全員に均しくチャンスを与えればいいじゃないか!」
「不公平じゃないか!」

と考えるかもしれません。しかしですね……。

もちろん、チャンスの神様は過去ずっと歴史上のあらゆる人物をすでに見てきたのです。

だから

「今、急にチャンスを与えられたら本当は困ってしまう人」
「チャンスが欲しいと口では言っていても本当は望んでいない人」
「実際にチャンスを受け取っても活かせないままムダにしてしまう人」
「チャンスを活かすどころか、かえって悪い状況に陥って、神様を呪ったり恨んだりする人」

こんな人々がたくさん存在していることを知っているのです。

チャンスの神様は、今までたくさんの人にチャンスを与えて、その成り行きを見てきたので、一目見れば、その人がどんな思考を辿り、どんな結果になるかはお見通しなのです。

チャンスの神様が今のあなたを見つけたら

ついに辿り着きました。チャンスの神様が……あなたが住んでいる街にやって来ました。

「さあ、この街でもチャンスを待っている人々を探そう」

神様は街中をくまなく見て廻ります。そしてチャンスを与えるべき人間を探します。そして……神様は、現実の、今その環境の中で生きているあなたを見つけて、こう言うのです。

チャンス

さて、今のあなたを見たチャンスの神様は……ここで何と言うでしょうか?

今のあなたを見て。

「おお、この人(あなた)はまさに私が探している人間だ! この人は今は悪条件に囲まれて苦しんでいるようだが、私がチャンスを与えたなら、きっと立派に使ってくれるはずだ。よし、この人にしよう」

と言うでしょうか?

そして、あなたに向かってチャンスの玉を投げ与えてくれるでしょうか?

それとも、

「ああ、どうもこの人は、チャンスがほしい、ほしいと口では言いながら、受け取る構えが出来ていない……それどころか、この人は心の底ではこの環境が永遠に続くことを望んでいるようではないか。まったく、紛らわしいやつだ。他を探そう」

と言うでしょうか?

そしてため息をつきながら悲しそうに通り過ぎて行くでしょうか?

チャンスを掴むには?

もちろん、これはたとえ話で、神様なんていないかもしれません。

でも実はこれ、神様がいようがいまいが結果は同じことだと思いませんか?

「今いる環境が悪すぎる」
「人間関係に恵まれない」
「職場にロクな人間がいない」
「状況が悪すぎて身動きが取れない」

それが事実であろうが、あなたの思い過ごしであろうが……実はそれは、自分に投げられたチャンスをしっかりとキャッチできるかどうかとは、何の関係もありません。

今いる環境がどうであれ、いつも身構えていることです。支度を整えておくことです。

そして自分自身が、いつでもチャンスを受け取る準備ができているかどうかは、正直に自分の胸に手を当てて考えてみればきっと自分で分かるはずです。

そうすると……

「環境のせいなのか」
「自分の責任なのか」

などと問うこと自体がまったく意味がなかったということに気が付くでしょう。

だれのせいでも同じことでしょう?

そんなことはどうでもいいんです。

それより、もしまだ準備ができていないと思うなら、今からでも、すぐに「受け取る準備」を始めることです。次にチャンスの神様が、あなたの街を訪れる前に。