潜在意識と本当の願望について考える前提

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前に私がやっている願望整理法について、それはひんぱんに見直して更新すると書きました。

その理由のひとつは実際にできることからどんどん実行してゆくように促すためです。

私の願望整理法

そして、同時にもう一つの理由は、自分で挙げた願望について何度も考え直す機会があったほうが良いと考えるからです。

「今やりたいこと」は常に変わってゆく

もちろん、時間が経つとともに自分の願望自体が移り変わってゆくだろうということは容易に想像が付きますよね?

自分自身がそれについて何度も考えているうちに、自覚や思考がより深まっていくから繰り返せば繰り返すほど、自分の願望についてより明確に、または多角的に見つめられるようになるでしょう。

具体的に何とは言いませんが、たとえば、直感的には

「やりたい!」

と思ってみたものの、次にもう一度考えると

「あんまりするべきことではないなあ」

と思っていることがあるとします。

それは、書いてはみたものの、かんたんにすぐできること、とは言えませんよね?

気持ち的に。

ですから、それは

「やりやすい順」「すぐできる順」

だと、少し後ろのほうに来ているはずです。

で、何度かリストを見ているうちに、たとえば他の願望と並べて何度も気にしているうちに、

「あ、これって実は、やりたいことじゃなくなってる」

という場合が実はけっこうひんぱんに起こります。

もちろん、自分がこだわっていた価値観とか感覚が変化することによって

「あ、これって、別にすぐできることじゃん」

というふうに思う場合もあります。

これはどちらでも問題ないです。

ところで、ではなぜこのように自分の考え、意識が変化するのか……と考えると、その理由はいくつか推測できますよね。

自分の意識が変化する理由

試しに、自分の考えや意識が変化する理由を思い付くままに挙げてみると

  • 単に時間が経ったから
  • 自分の状況が多少変わったから
  • より考えが深まったから
  • 新たな視点を持ったから

……といったものが推測として出てきます。

また、人によってはその理由を次のように解釈するかもしれません。

  • 本当の気持ちに気付いたから
  • 無意識にあったものが表面に現れたから
  • 潜在意識が「顕在化」したから
  • 真の自己に気が付いたから

これは、何というかある種「自己啓発っぽい表現」とも見えますね。

さて、しかし私は、上と下のどちらが本当でどちらかは嘘だとか言いたいのではありません。

おそらくこのどちらもあり得ます。

ある意味、どっちでもいいです。

あなたは願望の奴隷じゃない

ただ、私は少し気になっている点というか、危惧することがあります。

端的に言うと

「自己というものをどう理解しようと、どう解釈しようと、結局は自分が主体でなければならない

ということです。

それさえ踏まえていれば別に問題はありません。

私がイメージしているのは、

「自分の願望・欲求を、自分自身のものにすること」

です。

それを自分でもわけの分からない、とらえどころのないもの……などではなく、文字通り自分のものとして、かつ自分が十分にコントロール可能なものとして手中に収めてゆくことが望ましいのです。

言い換えれば、もし今、自分の

「願望・欲求のほうが主人」

のようであり、あなた自身が従のようにイメージしているとしたら、その立場を逆転して、あくまで

「あなた自身が願望や欲求の主人」

になるということです。

そうしてみると、自分の願望だと思っていたものの中には、いつの間にか思い込まされていたものや、ただそれに依存していただけのもの、また、自分が勝手に自分に課していたものなどがたくさん含まれていることに気が付くようになるんです。

そうすることによって初めて

「その願望たちを実現する方法」

についても主体的に有効に考え始める土台ができるような気がするのです。

潜在意識、あるいは無意識

昨今の自己啓発的な話題ではもはや

「潜在意識」
「無意識」

というものは既存の概念として完全に定着しています。

もちろん心理学の分野でも、それ自体に疑いを持つような論はほとんどあり得ないでしょう。

私も潜在意識とか、無意識の領域という概念そのものや、それに基いた考え方そのものを疑ってはいません。

確かにそれは「あるものとして」理解したほうが説明が付きやすいし整合性もあるのです。

ただ、少し危険だなと思うのは、しばしば

「今の自分は偽りの姿であって、潜在意識のほうが本当の自分」

とか

「無意識に秘められているものこそ真の願望」

といった言い方があることです。ある意味では真実を突いているとも言えますが、しかし誤解を招きやすい表現だな、とも感じます。

結局さきほど書いたことと同じ意味になるのですが、仮に前出の文章を単語のみ入れ替えてもう一度書きます。


私がイメージしているのは、

「自分の潜在意識・無意識を、自分自身のものにすること」

です。

それを自分でもわけの分からない、とらえどころのないもの……などではなく、文字通り自分のものとして、かつ自分が十分にコントロール可能なものとして手中に収めてゆくことが望ましいのです。

言い換えれば、もし今、自分の

「潜在意識・無意識のほうが主人」

のようであり、あなた自身が従のようにイメージしているとしたら、その立場を逆転して、あくまで

「あなた自身が潜在意識・無意識の主人」

になるということです。


違いますか?

まだまだある「本当はやりたいこと」

そもそも、自分の願望というものについて最初に意識して考え始めた頃には、実のところ自分が秘めているほとんどの願望は意識の上では自覚されていないでしょう。

だから、たびたび考え直していると、おそらく後から後からどんどん出てくると思います。

そのようにたくさんの願望が自分の内にあるということを、まずは驚きとともに喜びましょう。

そして、たとえば過去ずっとこだわっていたものが実はごく偏った一部分にすぎなかったこと。

あるいは、とても重要だと思っていた願望が実はごく表面的なもので、本当は抑圧している矛盾した願望が同時にある……たとえばそういったことに少しずつ気付くかもしれません。

ただそれは、あなたはそれを

「自分の潜在意識に気が付いたから」

だと解釈するかもしれませんが……本当は単に時間が経ったから変わっただけかもしれません。

その理由をどこに求めるかは、自分の考え方によります。

そして、本当を言えば、その理由というのは……あなたにとっては本来それほど重要なことでもありません

視野を広げ、願望を昇華するためのヒント

「昇華」とは、たとえば反社会的な葛藤や、直接に満たすことができない欲求を、社会に認められるような高度な目標へと向けることで自己実現を図ろうとする心の動きです。

要するに、そのままだとヤバいものを、自他ともにヤバくないものに置き換えてから満たすということですね。

こういった心理的な操作も含めて、自分の願望を自分のものとして手中に収めてゆくためにひとつの有効な方法は

「思い浮かんでくる言葉の意味を厳密に考えてみる」

ということです。

ふだん当たり前に使っている概念や、それを表す言葉をあらためて定義し直してみる、解釈を確かめてみる……といった作業をすることでたくさんの発見があります。これは例えば哲学者などがよくやる方法ですね。

また、別に何も難しい概念や抽象度の高い単語にこだわらなくてもいいです。

たとえば今、仮に

「やりたくない」「やってはいけない」「できない」

この3つの言葉を明確に分類しようと試みるとしたら、どうなるでしょう。

現実には、私たちはしばしば

  • 「できない」と思っていることを「やりたくない」と感じたり
  • 「やりたくない」ことを「できない」と言ったり
  • 「やりたくない」から「やってはいけない」ということにしたり
  • 「やってはいけない」ことだから「できない」と思い込んだり

……していますよね?

そこにはどんな心理が隠れているでしょうか?

ある時には、自分の願望を抑圧するためだったりします。

あるいは、自分の中にある劣等感を意識しないで済むように抑圧するためです。

他にもさまざまな都合で、私たちは言葉をあいまいにしたり、すり替えたりしています。

これらは、それこそ

「無意識」

に行われることも多いです。

しかし、これは「潜在意識」があなたを守るために働いてくれた結果としてそうなっているのでしょうか。

それとも、単にあなたが今まで特にそれを意識しなかったからそうなっていただけなのでしょうか。

もし「無意識による計らい」ならば、ではなぜ今の時点ではかんたんに意識できたのでしょうか?

……と考えると、私たちはそもそも「無意識」とか「潜在意識」という語からして、その意味を厳密に考えないまま無意識に取り入れていることに気が付きます。