「フレンドシップ」と「ステークホルダー」

ここまでの話を踏まえて……。

ビジネスマン、関係者

ところで、実際に私たちの周囲に存在する人間関係はもちろんこれ以外にも多くあります。

というか、ふつうの感覚で言えば、むしろ私たちはこれらに分類されない人々と数多くの関わりを持ちながら生活していますし、実際、互いに協力し合ったりする場面も多々あります。

それに、単に協力的かどうかという範囲を超えて、それぞれの相手に対する思い入れや繊細な感情。

これらにひとつとして同じものはないでしょう。

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決定的協力者ではない関係者

しかし、PNW上に限っては、決定的協力者に当たる人物以外の、その他の人はいったん

⑤ フレンドシップ
⑥ ステークホルダー

という2つの枠でグルーピングしてしまいます。

これは、協力者という側面を基準にすべての対人関係をできるだけ明確に自覚するためです。

「フレンドシップ」とは、文字通りに言えばもちろん「友達」ということになるのですが、ここではもっと限定的な意味で使おうと思います。

一般に「友達」という言葉は最大限に広い意味で用いられています。

なので、おそらくたいていの人が最初はPNW上の他のどのグループよりも「フレンドシップ」に加えるべき人が一番多いと感じるのではないでしょうか。

しかし、PNW上のフレンドシップとは次のように定義します。

つまりそれは

「お互いにまったく利害関係や損得勘定が発生しない相手」

です。

きわめて主観的な感じもしますが、こう定義してみると案外にその数は限られてくるのではないでしょうか。

同時に、一般的には「友達」とは呼ばないですが……たとえば家族や親戚など血縁者、また日頃お付き合いがある近隣の人などはこのグループに含まれてきます。

つまりここでいうフレンドシップとは友達というより「身内」という感覚に近いかもしれません。

逆にいくら親しい関係にあるといっても、何らかの利害や損得が発生するのであればそれはここで言っているフレンドシップではありません。

ステークホルダーとは

あなたと何らか関係があると思われる人の中で、今まで述べたどのグループにも属さなかった人々はすべて

「ステークホルダー」

というグループに属します。

ステークホルダーとはそのまま言えば

「利害関係者」

という意味です。

つまりPNW上では中心的な4つのグループに属さない他のすべての人を「フレンドシップ」か「ステークホルダー」というごく単純な二分法によって分類してしまうわけです。

さらに、先ほど述べた通り、その中でもフレンドシップというのはかなり排他的なグループです。

まったく損得勘定が発生しない相手だけがフレンドシップに属することができます。

その他の人は自動的にステークホルダーになります

たとえば感情的には「友達」として付き合いたい相手であっても、ステークホルダーに属さざるを得ない人が出てくる場合は少なくありません。

PNWはあくまで特定の目的を持った対人関係の一側面を分析するものですから。

なので、別にフレンドシップ以外のグループに位置付けたから「もう友達ではいられない」というような意味ではありません。

仮にPNW上のどこに位置付けたにしても、実際にはそれぞれの相手に対してそれなりの感情や配慮が必要であることは言うまでもありません。

ただし、それは今

「協力者を探す」

という場合に限っては、むしろ問題をややこしくしてしまうのであえてドラスティックに区別するわけです。

ステークホルダーは敵ではない

ふつうのイメージでは、ステークホルダーというと敵対的な関係をイメージします。

しかし、PNW上のステークホルダーというのは、そういう意図で分類しているわけではありません。

まず、実は自分と利害が一致している場合もあります

たとえば、彼がもっと頑張ってくれたら自分もそのメリットを享受することができる……それもステークホルダーなのです。

もちろん利害が一致している場合、その人はあなたにとって有力な協力者となり得る可能性があるでしょう。

利害対立者は協力に関してまったく無関係かと言えばそうとは限りません。

たとえば原則として対立している場合ですら、互いのデメリットを回避するために一時的な協力が必要な場面はしばしばあり得ます。

また、個別に協力的メンタルフィールドを構築することも十分可能です。

ただし、今の時点ではその人は「決定的協力者」には含まれていないというだけのことです。

利害の対立を即全人格的に敵対しているとみなすのは短絡的です。

たとえばライバル的な存在であっても同業者として、または同じ市場内で互いに住み分けているという立場を共有することができれば相応の敬意を払うことはできます。

たとえ今の時点で対立的な立場にいたとしても、実は彼らはまったく無関係な第三者と比較すればむしろ自分にとって重要な関係者です。また、対立しているということは、大きな枠で見れば共通の土俵に乗っている相手なのですから、この先のどこかで協力者として現われる可能性も高いです。

市場競争は戦争じゃない

たとえば、市場における「競争」の意味を事実

「生存競争」

とかいわゆる

「戦争」

……というふうに見立てることが一般にもよく見られます。

しかし、それは大目に見ても「比喩」なのであって、あまりにも単純化し、個別の人間関係を固定的に観念化するのは間違いです。

特に、利害がはっきりしている状況では結果だけが重視されやすく

「そのためには手段を選ばない」

という感覚にもなりがちです。

しかし、それが本当の憎しみや恨みや復讐心に結び付いてはならないのです。

前に

「同じ土俵で勝負する」

という言葉を例として挙げましたが、相手を単に敵だとみなすだけでは、同じ土俵の上で健全な競争や利害調整をしようという姿勢はもはや見出せません。

これは経済的な関係に限らず、あなたに関係のあるすべての他者について斉しく当てはまることです。

家庭の中でもたとえば嫁と姑とか、父親と娘とか……このような関係は常に面白おかしくテレビなどで紹介されます。その多くは

「敵対的」

な側面だけがクローズアップされがちですよね?

しかし、本来は「敵対」というのはまさに同じ土俵にのっているからこそ成り立つものです。

現実には、むしろ同じ土俵にのっている「嫁と姑」がどれほどいるでしょうか。そして、もし同じ土俵にいるとすれば、そこで何を敵対する必要があるのでしょうか?

ここでの話に限りませんが、そもそも私は、

「ステークホルダー=利害対立者」

という発想自体がきわめて短絡的だと思うのです。

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