チームワークが必要な理由

チームワークの良い職場と言ったら、あなたはどんなイメージを持っていますか?

たとえば、メンバーどうしのコミュニケーションが良好で、和気あいあいとした雰囲気。勤務時間だけでなく、プライベートでもみんな仲が良いとか?

お互いにいつも声を掛け合ったり、困っているときには助け合ったりできる関係。

……といったことを思い浮かべるかもしれません。

組織、チーム

もちろん、こういったことは非常に大切で、同じ働くならだれもがそのような関係が築けることを望むでしょう。

そのほうがモチベーションも上がりやすく、精神衛生上も良いですから。

なぜチームワークが求められるのか

ただし、実はこれは「チームワークが必要である理由」ではありません

ごく単純化して考えます。

たとえば5人の個人がそれぞれに「10」の力を持っていて、ばらばらに何かの作業をしているとします。

すると当然、全員が全力を出し切ったとしてもトータルで「50」の成果までしか出ません。

ところが、この5人が何らかの形で協力し合うことにして、1つのチームとして連携して作業することにします。

すると、もしかすると「50」以上の成果が出る可能性があります

チームとして仕事をする意味は、理屈で考えれば根本的にはこの点にあります。

「それぞれに個人が持っている力の合計よりも多くの力を生み出すこと

です。

言い方を変えると、そもそも各個人の持っている力の合計よりも多くの成果が見込めないのであれば、

「チームワーク」

を考える客観的な必要性はないことになります。

というか、

「そもそもチームという単位を想定する意味自体がない」

とさえ言えます。

もちろん、実際の仕事は上で述べた例ほど単純ではありません。

それぞれの個人が担当している業務の内容自体が異なる場合が多いですし、それぞれの個人能力も差があるから、単純に数値化して表すことはできないでしょう。

とは言え、本質的にチームワークが必要である理由というのは

「それぞれに個人が持っている力の合計よりも多くの力を生み出すこと」

なのです。それがチームの意味であり、目的であることに変わりはありません。

ですから、たとえば

「チームワークは重要だ」
「チームワークをもっと高めよう」

という場合には、単に雰囲気が良くなるとか、そのほうが自分が気持ちよく仕事ができるから……といった面だけではなくて、そもそも全体の、トータルとしての成果を、各個人がそれぞれに仕事をしている場合よりも引き上げるという意図を意識しなければ片手落ちということになるでしょう。

チームを組むことのデメリットを回避する

そのまま言うと身も蓋もない話に聞こえますが、実は、チームを組んで仕事をするというのは同時にデメリットが発生する可能性もあるのです

チームで仕事するデメリットとは、たとえば

「メンバー間で不平等感が出てしまう」
「他のメンバーの短所や弱点が気にかかってしまう」
「能力的に低いメンバーや、非協力的なメンバーがいても排除できない」
「自分の努力や貢献が、直接に自分のものと感じられない」

……といった点です。

これらはどれも、だれもが日常的に勤務先や自分が所属するグループ内でしばしば感じている不満や問題点です。

要するに、多くの人が職場の人間関係とか、職場環境について感じている不満というのは、もとをただせばたいては

「チームで仕事することによって発生するデメリット」

に当たるものなのです。

そして、ふつう人がチームワークが良い……という場合のイメージというのは、実はそもそものチームワークというものの必要性のほうではなくて、むしろチームで物事を行うときに発生するデメリットの回避策として有効な方法を述べているに過ぎません。

それが、

「メンバーどうしのコミュニケーションが良好」
「和気あいあいとした雰囲気」
「プライベートでもみんなが仲良くする」
「お互いにいつも声を掛け合う」
「困っているときには助け合う」

……といったものなのです。

だから、そう言った面ももちろん必要なわけですが。

しかし、そもそも論として、全体の成果が各個人の能力や作業量の合計を上回らなければ、チームワークの意味がほとんどないことになってしまいます。

チームを強化する

たとえば、仮に自分が持てる100%の力で仕事をしているとしても、そのチームの他のメンバーが50%の力しか出していなければ、トータルでは意味がありませんよね?

ならば、たとえばですが、自分の業務そのものに注ぐ力を80%に抑えてでも、他のメンバーに80%の力を出させることに成功すれば、トータルの結果は今現在より大幅に上がります。

だから、

「自分は精一杯やりました……他は知りません。」

というような考え方は、そもそも独りよがりで、チーム全体の視点ではまったくレベルの低い考え方ということになるのです。

同じように、たとえば3人で業務を遂行するチームがあって、全体として「120」の結果を出したいという目標が決まっているとします。

ただ、あなたは60の能力があるのに、他の2人が30の力しかないとします。

この条件下で、あなたはどうするべきだと考えますか?

A……他の2人が30しかやらないのだから、自分も30だけやって、結果は「90」にしかならないんだけど、それは私のせいじゃないから知ったこっちゃない。

実際には、どこの会社や職場でも、こういう考え方をする人がけっこうな割合で存在するはずです。よく言えば、平等です。しかし、求める結果には至りません。

いや、別に結果などどうでもいいっていう感じです。もし、結果について問われれば、たぶんこのように弁解するでしょう。

「私だけのせいじゃない。他の2人も30しかやってないじゃないか!」

B……私は私で全力を尽くします。他の2人は30ずつやってもらいます。私は人一倍頑張って、60の結果を出します。

このようにする人も少なくないでしょう。少なくとも、求められる結果が出る可能性があるという点で、Aよりはマシかもしれませんね。そして、あなた自身は誉められたり評価されたりする可能性もあります。

ただ、あなたはきっとこのように言うでしょう。

「まったく、他の奴らは頼りにならない。このチームは私がいなければどうにもならない」

C……他の2人に不足している部分を教えたり、補助したりして40ずつできるようにしてあげる。その結果、全員が40ずつで、このチームは120を達成できる。

もし、あなたがこのように行動できたとすればどうでしょう。

するときっと仲間たちはこのように言うでしょう。

「ありがとう。そして、我がチームは今や、160の結果を出すことさえ可能になった」