成功することがなぜ特別なことなのか

成功という言葉、あるいは成功という状態を「ふつう」ではない、何か特別なものと考えることはおかしなことです。

でも私ばかりではなく……むしろ、依然として世の中全体で言えば、

「成功できるのは特別な人だけだ」
「成功を収めたいなら、ふつうの考え方や行動をしていちゃダメだ」
「ふつうに生きていたら、成功などできるはずがない」

というふうに考えている人のほうが多いと思います。

なぜ成功することがふつうであってはいけないのでしょうか?

なぜ成功や自己実現といったものを「ふつう」から排除しようとするのでしょうか?

平凡主義は、ひとつの主義にすぎない。

今は必ずしもそうではないかもしれませんが、ある世代までの人は子供のころたいてい親や先生といった身近な大人から

「大きな成功をしようなんて……そんな考えは良くない」
「夢みたいなことばかり言ってないで……」

というような意味のことを聞いた経験があるのではないでしょうか?

つまり、ドリームキラーですね。

どういう表現をするにせよ、趣旨としては

「ふつうが一番!」

っていう意味です。

つまりそのベースにあるのは、いわゆる

「平凡主義」

です。そしてそれを是とする同調圧力が必ずあります。

私もそのような言葉にずっと迷わされていたのですが……。

今になって考えると、まずこれは

ひとつの「主義」にすぎない

ということです。

平均志向、中流意識、横並び意識、あるいは安定志向、常識的な考え、世間体に合わせる価値観とか……いろいろな言い方がありますが、ほぼ同じことです。これは数多ある主義主張の中のひとつで、平凡主義とほぼ同じ意味です。

次に、平凡主義の中にも、倫理、道徳、規範という面から言っている場合と、そう意味ではなく単にそのほうが有利だとか、問題が生じないとかいう実利的な面から言っている場合があります。

実は、平凡主義の根拠の大部分は

「ふつうであることが最も安全で、かつ良い結果になりやすい」

ということを訴えている論です。つまり、主義と言ってもたいていは単にそのほうが得だ、と言っているにすぎません。

しかし、しばしば聞いている側は、親や教師といった身近な大人に言われると、それだけで真実味や権威性が感じられてしまうので、

「善いことだ」
「それが正しい考え方だ」
「それが人の道だ」

と説かれているように錯覚します。

また、多くの場合それは客観的な根拠が希薄な

「経験則」

です。

だって平凡主義の人は平凡以外の経験を持っていないからです。

同時に、そうであるがゆえに平凡主義の人は成功という言葉自体を単に

「ふつうから逸脱するもの」

としか認識していません。あるいは「夢」とか、特殊な職業を目標にする場合もそうです。

本当なら

「何をもって成功とするか」

によってぜんぜん話が変わってきますよね?

だから本当は、語るにしても個別の、具体的な内容について話さなければ議論になり得ないはずです。

しかし、平凡主義の人はそもそもそのように個別のことを語ろうなどと初めから考えていないのです。

ですから、具体的な内容の是非や可能性を論じる余地なく、単に「ふつうでない」「平凡でない」という

「固定観念」

によって反射的に意見したり、返答したりする場合が多いのです。

そして、

「同調圧力」

があります。そもそも、平凡主義の人の多くは、自分自身も同調圧力によってそのような主義に何となく従ってきたというのが実際のところなのだと思います。それを他の人に同じように伝えているわけです。