目標設定は、だれのため?

会社で仕事上の目標を提出しなければならないなど、私たちは多くの場面で目標設定を強いられることがあります。

この時、たいていの人が書く目標というのは、会社のために、あるいは自分の仕事がもっと評価されるために何をしたらよいかという意味での目標です。

実際に本当に自分が思っている目標ではありません。たいてい。

私たちは目標を立てることに慣れている?

たとえばですが、会社の期ごとの自己目標や仕事の中で自分の業務範囲で立てる改善目標といった書類などに自分の素直な願望や、あるいは将来的な自己実現のためにやりたいことなんかをそのままストレートに書いちゃいけないって、だれでも分かりますよね?

「学校のため」
「先生のため」
「会社のため」
「上司のため」

の目標設定をしなければなりません。

目標というのは、現実の世界においては実は自分のためではなく、自分を評価する側のために設定することのほうが圧倒的に多いのです。

相手からすると、あなたが自らはっきりした目標を提出してくれたら、それを根拠に、進捗を確かめたり、達成度合いなどを評価したりできるのです、

そして、その個人ごとに目標設定させると、理論上はそれぞれの実力に見合った、ちょうどいいレベルの目標になると考えられています。

しれに、単なる一律のノルマなどよりは取り組みやすいだろうと。

モチベーションも上がりやすいだろうと。

そして、相手からすれば

「あなたが自分で設定した目標なのだから」

という理屈を使うことができます。

でも、これは事実本当に自分の意思で設定した目標でしょうか?

私たちは、このような形で、目標を立てることに慣れているのです。

自分のための目標

さて、では今度は純粋に自分自身のための目標設定をしよう……と考えているとします。

自分が実現したい願望や、自分がイメージしている成功状態に現実に至るための、

「本当の目標設定」

をしようと。

じゃあ、スマートの法則に則って……。

S 「目標は明確に……と。具体的にしなくちゃ」
M 「数値で示して測定可能に……と」
A 「まずは達成可能なくらいにしてと」
R 「現実的な? (達成可能なんだから。現実的に決まってるんだよね……)」
T 「で、いつまでにやる……と」

よし、これはSMARTだぜ!

……で?

「この目標って、自分の中でどれくらい大切?」
「これが達成されたら、自分にとって何が良いの?」
「これ、できなかったらどうするの? その場合どうなるの?」
「これをする自分の気持ちは?」

そもそも……どうしてこんなことを目標にしたんだっけ?

というふうに、本来の、本当に自分のためだけにする目標設定の場合、それは「だれかのためにする目標設定」の時にはぜんぜん考えてもいなかった別の要素をたくさん自覚して、解決しなければならないことに気が付くはずです。

そういった部分には、私たちはまったく慣れていないのです。