メンタルブロックって常に悪いもので、そもそも人間にとって不要なものっていうイメージがないでしょうか?

メンタルブロックというものは定義上は

「行動を起こそうとするときに思い浮かぶ否定的な固定観念」

ということなのですが、これってごく常識的に考えると、まったく無用なものもあり得ますけど、絶対必要な場合もありますよね?

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メンタルブロックは常に悪いのではない

だから、なんでも外せばいいってもんじゃないですよね?

もっと日常的な言葉に置き換えたとすると、たとえば

「間違った固定観念、偏見」
「間違った過去の解釈」
「行動を妨害する性格的な欠点、短所」

……といったものは、行動のじゃまになるなら排除したいって思うのは当然だと思います。

しかし、たとえば

「ふつうに必要な判断力」
「危険や損失を察知する予測能力」
「通常の社会的な適応能力」
「良心」

といっものだったとすれば、それを私は外したくはありません。

つまり、行動とメンタルとが矛盾、葛藤、対立するとき、客観的に見ればメンタルブロックを外したほうが良い場合もありますけど、逆にいわばメンタルブロックに従って行動の側を修正したほうが良いという場合も当然あり得るのです

そして、基本的なことを言うとメンタルブロックがあるということは、ふつうは、人間はほとんどの場合常に

「メンタルブロックに従って行動を修正している」

ということになります。

メンタルブロックって呼ぶと何か特定の点だけを指すように感じるので単に必要のないもの、余計なものという感じを持ってしまいやすいのですが、実際は必ずしもそういう訳ではなくて、むしろ

「人間はほとんどの場合メンタルブロックの制限内で行動しており、ある意味それがデフォルトの状態」

だというほうが正しいでしょう。

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メンタルブロックを外すかどうか決める

自分の中にあるメンタルブロックのうち、その特定の点だけを取り除くべきか、それとも温存すべきか……これは自分でなければなりません

また、表現として通常はメンタルブロックを

「外す」

という言い方をしますけど、実際そこで起こることは単にそれを完全に取り除くというのではなくて、そこに新たな考え方や情報を加えつつ、自分にとってより正しいと言えるような形式に

「変形する」
「加工する」

という作業になるはずです。

しかし……こういった問題を自分で客観的に把握して、最良の選択をするというのは事実上かなり難しいことです。

そこで、いわゆる「専門家」に相談したり、力を借りたりするということになるわけです。

とは言え、たとえば実際にカウンセリングを受けている場合や、たとえばメンタルブロックを外すためのセミナーなどに参加しているとして、その最中に

「いや、このブロックはやっぱり必要だと思うから、外さないでください

とか言えるでしょうか?

おそらく、実際その状況になってしまうと、そもそもはっきりと理解して判断する機会が与えられるわけでもないし、仮に自分なりの判断があったとしても、そこではっきり自分の考えを述べるのはおそらく相当勇気がいるでしょう。

あなたを診てくれてるカウンセリングの先生や、いっしょに参加している人たちの意向に反した発言をするのは相当な勇気がいるように感じます。

おそらく私だったら……その場ではっきり、自分の考えを主張する自信がありません。

だって

「他人の行為を無にしたり、他人が良かれと思ってやっているのに思いっきり否定しちゃったら可哀相……」

っていうメンタルブロックがありますから