いわゆるビジネス書、仕事論などの本に書かれている知識というのは、あなたや私という個人が経済的に、社会的に成功するという観点から言うと、もちろん共通する部分も多いでしょう。

けれど、それは必ずしも

「個人の成功を約束しない」

かもしれません。

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成功法則はなぜ「あなた」を成功させてくれないのか

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文脈の中にある知識

なぜなら、それらは、たとえばある本の中では

「良い社員」
「良い組織人」

になるという方向で紹介されているから。

あるいは、別の本ではそれは

「人間としての理想」

だったり

「日本国民としてのあるべき姿」

だったりします。

つまり、最終的に行きつく先が違うのです

一つひとつの要素としては、どのような状況下でも役に立つポイントやコツのようなものが出てくるとしても、それが語られる文脈が必ずしも、その個人にとって合致していないのです。

何のためにそれを読むのか

私自身も20代の頃、社会人として活動し始めた頃ですね……とにかく広く学ぼうというような意識だけで手当たり次第にビジネス書や自己啓発書を読み漁っていました。

それに自分でもその種の本や文章を書いていました。

たとえば自分で書いてたものを今読み直してみてもそう思うのですが、一つひとつを見るとそれなりに良いことを書いているようであって……しかし、全体として自分が見えている範囲でうまくまとめようとしているので何となく物足りない感じというか、はっきり言うとズレてる感覚があったりします。

自分自身がそこまでしか理論づけしてなかったわけだから当たり前と言えば当たり前なのですが。

もちろん、人によってそれぞれの環境や状況があり、受け取り方も様々でしょう。

しかし、通過点としては有りうるけどそれ以上は保証しない……みたいな感じがするのです。

ビジネス書が想定しているゴール

多くのビジネス書は、それぞれがたとえば

「良い社員になること」

とか

「良き経営者になること」

とか、あるいは

「新入社員さんが知っておくべき心得」

のようなものだったりする場合もありますが、要するに暗黙の

「ゴール」

が想定されたうえで執筆され、編集されているものです。

ですから実際にはそこにはいつもあなたや私という個人ではなくて、主に会社とか組織とか、あるいは社会とか国全体としてのあり方とか、そういう面から見た場合の文脈が織り込まれています。

言い換えれば、いろいろな形での刷り込みが反映されているとも言えます。

そういうものが混じっているから、個人がそれを読んだ場合には、要するにもともとその個人が持っている意識からするとテーマがブレてくるように見える可能性があります。

いわゆるビジネス系の自己啓発本には、ほぼ絶対に

「使う側の理屈」

が入っています。

入っていても、それが自分のためになるという面もあるので自覚した上で利用するのなら良いわけですが……極端に言うと、結局会社や組織にいいように使われるためにわざわざ本を読んだり自己啓発したりしているような形になってしまう危険もあるわけです。

目的意識や、自分の価値観などがまだはっきり自覚できていない段階で乱読すれば、そういったことにまであらかじめ意識が及ぶ可能性は低いです。

もっと言えば……その本を書いている側ですら、そこまで見通して意識的に書いているとは言えないですからね

単純に言えば、本とか文章というのは、ただその執筆者がその時点で知っていること、思っていることを書き連ねただけのものなのですから。

もちろん、素晴らしい実勢や成果のある著者、非常に高い知見や価値を提供している本はたくさんあり、著者自身も素晴らしい人が多いとは思いますが……でも、そういう面があるというのはどこか心に留めておかなければならない。

……そんな気がします。

会社の中の理想や正義

本の中の知識や情報に限らず、そもそも、会社という場所は、あなた個人の目的を達するためにあるわけじゃないですからね。

……あなた個人の成功や願望の実現のために仕事させるわけじゃないですからね。

むしろ、いわば世の中の平均的な範囲を逸脱するような成功とか、並外れたメリットをあなただけが享受することを抑制しようとする仕組みですからね。

企業とか会社というのは。

そもそもの目的があなた個人のものではなくて、まさに

「会社固有の目的」

が先に存在しているのですから、そこでは仕組みや環境、それに求められる知識や情報なども、そちらに最適化されているに決まってるわけで。

私もそうだったと思うのですが、ビジネス書というのは著者自身もある場合には無自覚にそのような文脈、理論が反映されている可能性が高いと、今になってみれば分かるわけです。