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思考遊戯は自己啓発に至り得るか

私たちは日々いろいろなことを考えますよね。その中には有意義な「気付き」も含まれてはいますが、実は特に何の利用価値もないような、単なる「意見」や「思い付き」もたくさん生まれるでしょう。私は使い道が見当たらない思考のことを「思考遊戯」と呼んでいます。しかし……思考遊戯は本当に無意味な精神的娯楽に過ぎないのでしょうか? それならば私たちはなぜ思考し続けるのでしょうか?

思考遊戯は自己啓発に至り得るか

賽の河原の石積みは「本当に」無意味なのか?

無意味なことの比喩として、 「賽の河原」「賽の河原の石積みのようだ」 と言います。 しかし、もし本当に無意味ならば、なぜ地獄の閻魔様はそのような苦役を設けたのでしょうか? 賽の河原で石積みをすることは、本当に「無意味」なのでしょうか? そして、この話の「無意味さ」にはどんな意味が隠れているのでしょうか? 賽の河原とは? 一般に、人は亡くなると現生(この世)と冥途(あの世)をつなぐ境目である「三途の川」を渡って行かなければならない...(続きを読む)
思考遊戯は自己啓発に至り得るか

蜘蛛の糸(芥川龍之介)の感想が変化する理由

芥川龍之介の蜘蛛の糸という話の構造というか前提として、ふつうに考えるならばお釈迦様は絶対善であるというのは動かせませんよね? この話を読んで感想を言おうとすると、せっかくお釈迦様が救いの糸を垂らしてくれてるのに、それをムダにしてしまうカンダタのほうが圧倒的に「悪」だという前提で考えるしかないです。 蜘蛛の糸のあらすじ 大罪人のカンダタという人が地獄の血の池で苦しんでいます。 ちょうどその真上に極楽の池があって、お釈迦様がその池から下を見てカンダタを見...(続きを読む)
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書けない病を克服する

小説、論説、ブログの記事などもそうですが……今までコンスタントに書くことができていたのに、突然書けなくなってしまうことがあります。 「一時的にモチベーションが下がったのかな?」「よくあるスランプというやつだろう」 ……と、しばらく様子を見てみるだけで自然治癒する場合もありますが、いっこうにその兆しが見えないまま焦りを感じるときもありますね。 一般的なスランプ解消法は前にも書いたのですが、今日は特に 「書けなくなる」 という症状に...(続きを読む)
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「腑に落ちる」の意味

語源というか、まず言葉の意味として 「腑(ふ)」 というのは「内臓」のことで、転じてその人の「心」とか「性根」のような意味で用いられることがあります。 「腑に落ちる」の意味 そこで「腑に落ちる」の意味は辞書的言うと 納得がいく。合点がいく。 goo辞書 ということになります。 しかし 「納得する」 ……それだけだとニュアンスに乏しいですよね? 「ああ、そうなのか~」 という感じ、まさに 「ああ...(続きを読む)
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