自分にとっての
「背中を追うべき人」
を見つけることは重要です。
もしあなたが何らかの目標を達成することや、成功願望を満たそうと思うなら、
「とりあえず今、だれの背中を追うべきか?」
ということを考えることは非常に重要だと私は思います。
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フロンティア(先駆者)
私は、
「自分が行くべき道を、すでに先に走っている人」
……のことを自分にとっての
「フロンティア」
と呼ぶことにしています。
フロンティアとは、ごく一般的な意味では
「開拓者」
ということになりますが、必ずしも特定の業界や分野で草分け的な存在、最初にそれを成し遂げた人、いわゆるパイオニア……でなくても構いません。
あくまで自分から見た視点で、たぶんその人の背中を追っていけば、まだ自分には見えていない道が見えてくるだろう……というような期待が持てる人。
別の言葉で言うなら、単に
「師」「先輩」「先行者」あるいは「目標とする人物」
と言ってもいいのですが……ニュアンス的にぴったり来る気がしないので、私は「フロンティア」と呼ぶことにしているのです。
決定的協力者① フロンティア
自分のいわゆる「人脈」を考えるうえで、フロンティアというのはもちろん自分がこれから行おうとすること、達成しようとする事柄について相手がすでに先行しているということです。
典型的には、たとえば自分が今から特定の事業を始めようと決めたところだとします。
その際には、その業界ですでにシェアを獲得している会社等があれば、その創立者などがまさにフロンティアに当たるでしょう。
必ずしも事業的な目標でなくても、たとえば趣味や芸術に関してもっと深く追求してみようとする場合でも、基本的にいっしょです。
たとえばあなたが
「結婚して温かい家庭を作ろう」
ということを自分の中心的な目標として暮らしていたとします。
または、家庭内の特定の問題について解決したいと考えていることもあるでしょう。
その場合、すでにそれを実現して理想的な家庭を築いている人がいれば、その人々はあなたにとってのフロンティアに位置します。
フロンティアと見做すべき人というのは、ごく身近な、たとえば兄姉夫婦などでもよいですし、テレビや雑誌で紹介されているような有名人であってもよいのです。
私は少し前にある本を読みました。
その著者は、私がいつか詳しく書こうと思って、ずっと考えていた問題について、すでにかなり詳しく書いていました。
ということは、その方は私が自分なりに設定しているテーマに関する分析や思考において、すでに私よりずっと先に進んでいるわけですから、私はもちろんその時点でまったく面識はないのだけれど、私は自分の中で勝手に
「この人がフロンティアだ」
ということに決めます。
そして、一度そう自覚すれば、当然にその方の著作をもっと研究したり、関連する情報を集めたりするようになります。
著者のホームページにアクセスしてみるとか、本の感想を出版社に送ってみるとか考えることになります。
こうして得られたフロンティアは具体的な面で学ぶべきことが多いのです。
もちろん、ちょうど当てはまる人物が身近に見出せれば、まさに実践的なノウハウや貴重なアドバイスを得られる可能性も高いわけですが、たとえ見ず知らずの人であってもやはり貴重です。
彼らはありきたりな抽象論や精神論ではなく、まさに私にとって個別具体的に重要な知識や情報を持っているわけです。
だからこそ、その道を先んじて進んでいられるのですから。
フロンティアは必ずしも「尊敬する人」ではない
ただし、よく陥りがちな点として、たとえば全人格的に尊敬できるような、いわば人生の師とか先輩と呼べるような人をフロンティアと想定しようとすることがあります。
いわゆるメンターのような指導的な役割を負う人を想起するかもしれません。
しかし、これは私がイメージしているのとちょっと違います。
もちろん、目的が限定されないような、人生全般におけるメンターや尊敬できる人物が存在するのも非常にありがたいことです。
また、今の話とは別に、人にはだれだって、いっしょにいて気分が良くて、楽しくなる人とか、話していると貴重な知見や気付きを与えてくれるような人、または同じ時間を過ごしていると元気をくれる人とか……そういう人物が身近にいるはずです。
他にも多くの人を知り、
「あんな生き方っていいなあ」
などと感じたりすることはしばしばあるでしょう。
それはそれでよいのです。
ただし、それはあなたが進むべき道を体現しているのとは違うのです。
もちろん、自分にとって望ましい道に進んでいる相手なので、同時に人格的にも好感を持ったり、敬愛すべき点が多く見られるのは「結果的には」自然なことでしょう。
ただ、私がイメージしているフロンティアとはあくまで
「自分の具体的な目的や、明確な目標について先んじている人」
であって、その人を発見したいという段階では、いったんその人自身の性格や魅力、また自分との関わりかたや共通点などは全然関係ないと考えたほうがいいです。
目的がぼやけていると、人物像もぼやける
私もそうだったのですが、自分の目標が明確に定まっていないとき……往々にして何らかの成功を収めている人はみんな理想像のように感じてしまうものです。
いわば、一般論として「あれもいい、これもいい」ときょろきょろしているような感じ。
そんなことしているうちはフロンティアは見つからないのです。
フロンティアとなるべき対象の人とは、あくまで自分が進むべき道をはっきりと想定したとき、その道において自分より先んじている人のことです。
一般的な好感や共感、あるいは尊敬や敬愛などではありません。
このことは、自分のフロンティアを発見しようとする時には注意深く区別しなければならないでしょう。
この点をはっきりしておかないと、実際にフロンティアを探すのが困難になります。また、そもそも人脈というものを構造として想定する意味がなくなってしまいます。
目的を明確化する作業
あなたの人生のすべての面において完全に理想を先に体現している人……そんな人は存在するはずがありません。
もし存在しているように見えるとすれば……それはおそらく、あなたが妄信的にその人の真似をしようとしているだけです。
それは裏を返せば、あなた自身がまだ何も選択していないし、何も判断していない状態だということです。
明確性というのは非常に重要ですが、私も協力者を探さなければと思って、いろいろ思索していて初めて自分自身の目的そのものが想像以上にあいまいであったことに気が付きました。
自分で驚いたくらいです。
つまり、フロンティアと呼ぶべき人物というのは、
「自分が何か特定の目標を明確に設定したとき」
初めて目の前に現れるはずです。
逆に言えば、自分にとってのフロンティアを特定するという作業は、自分が考えている目的そのものを特定し、自覚することと同時に行われることが多いのです。
フロンティアを探すという行為は
「自分の目的をより具体化すること」
と常にリンクしているのです。
いつか背中を追いこす日
もしかすると、あなたは
「そうやって人の背中を追いかけているだけでは、その人以上に成長したり、あるいは、自分自身が先駆者として新たな価値を想像したりできないじゃないか!」
……というふうに疑問を持ったかもしれません。
なので、一応断っておきますが、別にあるフロンティアが、未来に渡ってずっと自分にとってのフロンティアであり続ける必要はありません。
いつかその背中に追い付き、追い越しても良いのです。
または、将来のどこかでその人とは別の道に逸れる(逸れるというか、他の道を選ぶ)ことがあっても、それは自由ですし、むしろ自然です。
だから、今あなたにとってだれが「フロンティア」なのか、というのが重要です。