思考の高次化は可能か

前の記事では、空間つまり三次元をベースとした思考は想定できないと述べました。

けれども、実はそれに代わる一種の高次化の方法を私たちはすでに用いています。

それは

「階層」

という考え方です。

空間のような、リアリティをもった三次元的な思考は困難だとしても、その代わりに私たちはいわゆる

「階層構造」

というのを概念としてしばしば用います。

ここで、平面的思考からのの高次化は

「平面」

「階層」

ということになります。

階層という言葉

ただし、ふつう私たちはたとえば「社会的階層」とかいう場合のように、ある条件下で数値的に上位に属するか下位に属するかというようなものを

「階層」

と呼ぶことも多いです。

こういう意味での階層というのは、その実態はあくまで

「分類」

ですから平面的思考に属することになります。

ここで言っている「階層」というのはそういう類のものではなくて、概念的な階層のことです

「階層」のイメージ

ここで言っている階層というのをイメージするために、いったん平面というのを正方形の真っ白な紙だと想像してみましょう。

で、仮に今、紙を使って「立体」を作るとします。

すると私たちがふつう真っ先に思い浮かべるのは……紙を六面に貼り合わせた立方体のようなものではないでしょうか?

いわゆる「箱」ですね。

ちなみに、もしその箱に何かを書きたい場合どうしたらいいでしょう。

箱のそれぞれの面に当たる紙の部分に書くしかないですよね?

その箱の中の、空気しかないところには何も記録できませんね。中は空っぽですから。

では、次に「階層」というのを想像してみましょう。

同じく紙を使って「階層」を表現しようとすると、どうなるでしょうか?

するとそれは、紙を何枚も何枚も積み重ねればいいですよね?

貼り合せるのではなくて単に積み重ねるのです。

すると、あら不思議……たくさんの紙を重ねると見た目はやっぱり立方体のようなものになります。

またちなみにですが……もしその積み重ねた紙に何かを書きたい場合どうしたらいいでしょう。

めくればいいだけですよね?

言うまでもなく私たちはどの紙にでもメモができます。

その立方体の外面だけに……ではなくて、重ねた紙のすべてに書くことができます。

これが、立体と階層の違いです。

階層構造は思考の場となる

複数の平面を積み重ねたような関係性……すなわち

「階層的思考」

というのは私たちの思考のあり方に合致します。

ただし、それは上のイメージにあるように実体は

「平面を複数重ねたもの」

です。

つまり平面において与えられる2次元のパラメータに、

「階層の上下関係」

という、もう一つの位置関係に意味を持たせることで疑似的に3次元のような場を作り出しているのです

このこと考えて、

「階層的な思考」

とは、三次元的に見えながら実は二次元つまり平面的な概念を積み重ねたものであり、あえて言えば本当は三次元的なものではありません。

ここでは

「線の思考」

「平面的思考」

という場合に見られたような意味での次元の飛躍は見られないです。

線の思考と階層

前に述べた

「夫や妻との不仲問題」

の例を再び出してみます。

このような悩みを他人に相談すると

「相手を責めるよりもあなたのほうから変わりなさい」

というような意味のことをアドバイスされる確率が高いけれども、ただ、この時の本人にとっての根本問題はあくまで

「配偶者との不仲を改善する」

ことのほうにある……といった話をしました。

けれども、もしここでこの問題自体を

「階層的に思考」

しようとすると、どうなるでしょうか?

これを常識的に想像すれば、階層化する場合には、ふつうは

「自分が変わる」

ということのほうが本人にとって上位の階層にある問題だと位置付けることになりそうです。

こちらのほうが

「話が大きい」

からです。言い換えれば

「よりメタ的」
「より根本的」
「より本質的」

に見えます。

ふつう、自分自身が変わればほぼ必然的に配偶者との関係も大きく変化すると考えるのはごく自然でしょう。

逆に配偶者との不仲を改善することで、場合によっては自分自身にも何らかの変化が起こるという可能性もあるけれど……ふつうはそういう考え方はしませんよね?

いわゆる人間関係とか、人生相談的なことをイメージすると。

……とすると、この問題を階層的に捉えると上位に

「自分の変化」

という課題があり、それより下位に

「配偶者との不仲の改善」

というより具体的な問題がある、と捉えるのが妥当だろうということになります。

学術的な研究とか専門的な分析といった話は別として、私たちが日常の思考に階層的な概念を用いるとすれば具体的にはこういう内容になるのです。

階層的思考とは、多重に拡散した思考の内容を抽象的に上下関係として位置付け直すことで、それぞれの重要性やその関連性を構造として掌握することに第一義があります。

それは、言い換えればまさに各階層に置かれたテーマや問題を

「一歩引いて俯瞰する」

ということです。

つまりこれもメタ思考の典型的手法なのです。

階層の上下関係は、重要度の高低ではない

さて、しかし階層的に上位であるから今自分にとってより重要だ……ということにはなりません

この例では上位に相談者自身の内面的変化という問題が潜んでいることが発見できるということは言えますが、だとしても本人にとっての根本問題はあくまで

「配偶者との不仲の改善」

のほうにあり、そちらのほうが本人にとっては相変わらずもっとも重要事項であるはずです。

もちろん、本人がいわば

「心を入れ替える」

という可能性もあります。その場合には、根本問題そのものが入れ替わります。

……まさにこのことを

「パラダイムシフト」

とか

「啓発」

というわけです。

自己啓発という場合の「啓発」というのは、メタ思考、メタ認知と密接な関連があって、それを前提としなければ成り立たないものだということは前に書いたと思います。

ただし、それはすでに一種の飛躍を含んだものであって、通常

「思考を進める」

という範囲に絞れば例外的な状況です。

どの階層を重要視するかがポイント

階層的思考を用いると

「今どの階層について問題にすべきか」

ということを整理して容易に特定できるという効果があります。

先ほど言ったように、階層が上だから重要度の上、とかそういう問題ではありません。

むしろ、どの階層が今自分にとって最も重要かを見極めることが階層的思考のコツと言ってもいいと思います。

いずれにしろ、こういった思考や判断は、線の思考だけではなかなか容易ではありません。

仮に線の思考に頼ってこの問題を把握しようとすれば……おそらくどうしても

「自分の変化(手段あるいは原因)」

「不仲の改善(目的あるいは結果)」

というような関連性だけが想定されることになるでしょう。

あるいはたとえば

「今はこの問題なのだから自分の変化なんて関係ない!」

というような認識しか持てないかもしれません。

どちらの場合にも、それ以外に視野を広げることが難しく、結局問題は解決がより困難になってしまうはずです。

一般に、たとえば

「必ずしも相関関係があるとは言えないけれども状況によっては影響してくるかもしれない」

とか

「いずれ取り組まなくてはなりませんが今の問題と絡めると逆効果になるだろう」

といった言い方をすると、ややもすると曖昧だとか中途半端だとかいうような批判を受けやすいでしょう。

しかし、実は階層的思考を前提にするとこういった選択や判断もそれなりの妥当性があるということが理解しやすくなるでしょう。

また、だれかと特定のテーマについて話しているときに

「なんだか論点がずれてるなあ……」
「話が噛み合ってない気がする……」

と感じることがあると思います。

こういう時には、階層的に把握することに慣れていると相手が何を意識して発言しているかが容易に分かることもあります。

それぞれが異なる階層に重点を置いているために議論が混乱しているというような分析が容易になるのです。