よく、子供の学力は親の年収や経済力と相関関係があるとか?

母親側の遺伝によるとか?

……いろいろな分析がありますが。

それらもまったく関係なくもないのでしょうが、私は……それよりもっと直接的に影響するものがあると思います。

それは、親が持っている、その子に対する「イメージ」です。

子供

自分で言うのもアレですが……私は子供の頃は自分が頭が良いと思っていました。特に勉強頑張った記憶もないけど、優等生扱いされていたと思います。

(断っておきますが、小学生の頃の話であって、しかも地方の片田舎レベルの話です……)

家で予習復習とか、そんな習慣もありませんでしたけど、 特に苦手教科もなく、基本的に学校で先生の授業を聞いているだけでほとんど理解できたと思います。

しかし、苦手意識はなかったのですが、振り返ってみると、自覚がなかっただけで、実はけっこう、細かく見るとやはり得意な部分と、不得意な部分というのがはっきりしていた……しかしこれは、子供の当時は自分ではなかなか気が付くことができません

子供は与えられたとおりの自己イメージを持つ

つまり、子供が持っている自己イメージというのは、ほとんど何の客観性も基準もないものです。そもそも子供が自分自身の学力とか、あるいは個性や適性とか……そんなものを自分で掴めるはずがない。

そんなこと思ってもいない。

しかし、はっきり言って、まだ自我が調っていない小学生くらいの段階では、友達や学校の先生、親や親戚や近所のおじさん、おばさんなどから植え付けられた

「自己イメージ」

のほうが子供の心を大きく占めています。

子供は親が思っている通りの子供になる

今、お子さんの成績を上げたかったら、親御さんは絶対、お子さんのことを

「この子は頭が良い」

思い込むようにしたほうがいいと思います

特にわざとらしく誉めたりすかしたりする必要はありません。ただ、この子はもう成績優秀、優等生、神童なのだと思い込むことです。

だれだって、そう思っていれば「それなりに、その前提で」その子に接しますよね?

そのつもりで日常から接していれば……その子はたいてい本当に頭が良くなります。成績も必ず伸びます。

別にデータとかないですが、私は自分の経験から絶対そうだと信じてます。

子供をけなすとその通りの子供になる

逆に言うと、自分の子供が「頭が悪い」「勉強できない」とか、そういうふうに親がイメージしていると……その子はかなりの高確率で本当に勉強しなくなります。

あるいは、学校の成績だけではないかもしれません。

「言うことを素直に聞かない子」
「忘れっぽい子」
「おっちょこちょい」
「人見知り」

……こういう、多くの人が持つ自己イメージが、そもそも子供の頃に

「あなたはそういう子」

と周囲の人から与えられたイメージである可能性は極めて高いでしょう。

つまり、学童期くらいまでは、その子の自己イメージは

「親や周りの人がその子に持っているイメージ」

をそのまま受け取っているに過ぎません。

ですから、よく公共の場でも、お子さん連れの方が子供を大声で叱ったり、世話をやいたりしている場面を見ることがありますが、そういうときに、たとえば

「もう! ダメだって言ってるでしょ! どうしてあんたはいつもそうなの?」

とか言ってますけど、それは親御さんが、その子はそういう子だとイメージしているからです……って横から口出ししたい衝動にかられます。

「もう、あんたは本当にダメな子ね」
「もう、ほんっとにバカなんだから……」

などと、がっかりしたように呟けば、その子はそのイメージに合わせようとして、本当にそういう子を演じ、演じているうちに立派にそういう子に育つでしょう。

かわいそうに思います。

同じ注意するにしても叱るにしても、仮にあなたのお子さんが近所で評判の優等生だったら、叱るセリフも態度もまったく違ってくるはずです。

(これは私自身の親などのことを思い出しても、そう思います。別に愛情の差があったりするわけではありませんが、やっぱり私(長男)に対する接し方と、弟や妹に対する接し方には差がありました……これは、単に生まれた順番の問題とかもありますけど、それ以外に、やはり、親自身が持っている「その子のイメージ」が強く反映されていると感じます)

傍から見た印象では、自分のお子さんをきつい言葉でむげに叱ったりしている親御さんは、心の中で

「この子は、このように言われても仕方のない子なのだ」
「どうせこの子は、これくらいしたって平気だ」

……みたいな勝手な基準を作っているのです。

もちろん、自分で修正は可能

とは言え、これはどっちみち、学童期を過ぎる頃くらいまでの話にすぎません。

人間はその後、思春期以降は自分で自我を構築していきます。

そして、自分のことを客観的に見る力も得て、世の中の多くの情報から学んでいくことになります。

はっきり言って、自己イメージとか、もちろん実際の自分の実力というのもいくらでも向上、変化、進化させていくことができます。

それ以前の自己イメージというのは、ざっくり言えば、最初に与えられた「舞台設定」というか、プラットフォームみたいなものに過ぎません。

もし嫌なら上書きすればいいだけのことですし、仮に嫌じゃなくても、それはそれで好ましいものであったとしても、どうせ、いつまでもそれに甘んじていて良いというものでもないのです。