線と平面

書くことは思考を整理する方法として大変有効です。

それは短期記憶を補助する、記憶を外部化する、関連性を明確化するなど、さまざまに理由付けできると思うけれどもここでは特に

「思考は通常線的だけれども書いたものは平面として認識できる

という点に注目したいと思います。

たとえば私たちは頭の中で何かものを考えるときたいてい

「これはこうでだからこうなるはずでそれはこういう理由で……」

というようにつらつらと線的に考えを進めていきます。

前に述べたように人間の思考の最も原初的な方法は主に線の思考です。

けれども書くことによってそれを平面上に展開して眺めることができます。

平面上に描かれた思考過程のことを「図」と言います。

図にはツリー構造を表す樹形図の他、相関図、チャート図などが一般的です。

ただし、今挙げたような図は配置されたそれぞれの項目を線で結ぶことで成り立っているので方法論としては線の思考に属します。

方法論としては線の思考であっても、それを平面上で行うだけですでにメリットが大きいのです。

たとえば複雑な分岐を含むツリー構造も紙に書いていけば把握できないことはありません。

これを頭の中だけで行うことは非常に難しいでしょう。

平面を使うメリット

ところが、平面を使って考えることにはそれ以上のメリットがあります

たとえば、考えをまとめようとして紙などにいくつかの言葉あるいは絵や図形を書き記して並べてみただけで、とたんに私たちは自分が書いたものを

「平面上に配置された記号」

として認識し直すことになります。

平面上に配置されたものは特定の大きさと位置関係を持つものとして認識されます。

線の思考では一つひとつ順を追って把握されていた関係性が平面上では「場所」「方向」‌「大きさ」などに意味を持たせることによって一気に同時にそして飛躍的に多数現れることになるのです。

平面を使えば逐一線を引くまでもなく一瞬にして無数の関係性をその上に置くことができます

もちろん頭の中で平面的なイメージをもって考えるということも可能でしょう。

ただしそれは私たちがすでに平面を使ってものを考えるということを学習しているからできるのです。

私たちはおそらく初めから平面的思考を知っていたわけではなく、実際に平面を思考の場として用いた経験を頭の中で再現できるようになったのです。

いずれにしろ、自分で意識するかどうかにかかわらず紙の上などに取り出された概念は頭の中だけで思い浮かべていたときとはまったく別の感覚で再確認されることになります。

平面的思考とは

「平行な2直線または交わる2つの直線は平面を決定する」

と学校で習ったと思います。

そこで、線の思考の集積がそのまま平面的思考につながるかというと実はそうではありません。

一般的には

「縦の長さ×横の長さ=長方形の面積」

というような言いかたもします。

これだけ見ると誤解しやすいかもしれませんが、これは決して線の集積が平面になるという意味ではありません

そもそも「線」というのは数学的な意味では幅のないものとみなされるので集積という概念はありません。

ところで思考は物事を概念化、抽象化することを前提としています。

今まで私たちが線の思考と呼んできた思考の方法は、それをそのまま平面上に書くだけでもメリットがあると言いましたが……それによって自動的に平面的思考になるというわけではありません

つまり線の思考と平面的思考は連続的な概念ではありません。

私たちはこれをふつう

「次元が違う」

というふうに表現します。

次元というのは連続的なものではなく飛躍を含んでいます。

「平面的思考」とは、単に紙に書くとかいうことだけではなくて、いわば平面そのものを思考の場として用いるような思考のことを指しています。

ただし、平面と言っても無限に広がる面ではなく私たちがふつう用いるのは特定の面積を持つ二次元的な領域(要するに四角形とか)という意味です。

たとえばA4の紙一枚またはパソコンのディスプレイなどを想像すればいいでしょう。

それらを

「思考する場の全体

とみなすことで思考を展開する方法を指します。

これは単に何かを書き表すために平面を用いるということとは根本的に別のことです。

その特徴は、平面的な領域内のすべての場所に何らかの意味を持たせるということです。

MECE(ミッシー)のイメージ

よく「MECE」という用語を聞きます。

「モレなくダブりなく」

という意味ですが、分かりやすい例としては日本の中の都道府県のようなものをイメージすればよいと思います。

日本を全体とすると、すべての領域が必ずどれかの都道府県に属しています。

こういう状態をMECEという。

仮に、日本海沖に新しい無人島が発見されたり埋立地が開発されたりして

「まだどこの都道府県に属するか決まってない」

というようなことが起こればMECEは崩れます。

実際にはさまざまなデータや概念をチェックするための原則ですが、今の話に沿って言うと、MECEというのはいわばある領域を全体としたときその内部にあるすべての領域を隙間なく完全に区分した状態と言えます。

ちなみに、MECEな状態を「線の思考」でイメージするのは難しいですよね?

もちろん結果的にツリー図などで表すことは可能ですが、そもそも線で結び付けるような思考方法ではMECEを実現することができません。

線の思考では、いくら分岐してもこのように「領域をすべて覆い尽くす」というようなことはできないのです。

できないというより、そんなことは初めから想定されていません。

たとえばこのようなイメージからも

「線の思考の結果を紙に書き表す」

ということと

「純然たる平面的思考」

とは次元の異なる別の思考方法だと区別できるわけです。

たとえばごく一般的な表というものについて考えてみます。

表というのは一番単純に言えば

「四角形をいくつかの縦線と横線で区切ったもの」

です。

けれども、区切ったことによって内部の一つひとつの「項」に意味が生まれます。

エクセルなどでは「セル」とも言いますね?

表というのは単なる四角形の寄せ集めというだけではなくて、各行各列そして各項について意味を与えることで成り立っています。

そして、たとえば同じ行にある各項は何らかの共通性を持っています。配列にも意図的な規則性があります。

つまり、表というのは各項ごとの独立した意味だけでなくそれらの互いの関係性についても同時に規定するところに意義があるわけです。

これは平面だからこそ可能なのです。

そしてもうひとつの特徴は、逆に言うと表にない項目については含めることができないということです。

よく欄外に追記がある表を見かけますよね?

単にスペースの問題で書ききれないとかは別として、ありがちなのは

「関連がありそうだがそれに言及できる項目が表内に設定されていない」

という場合です。

つまり平面的思考は線の思考のように無限に拡散的なものではなく、ある意味で限定的、排他的な方法論であるところが特徴なのです。