自己評価というのは、もちろん

「自分自身について、自分で評価するという行為」

のことです。

学校でも会社でも、あるいは転職するときや人材紹介会社に登録するときも……私たちは常に何らかの形で

「自己評価」

を求められます。

だから、イメージとして

「自己評価というのは、どんなことなのか?」

というのは言うまでもなく分かっているようなつもりになっていますよね。

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あなたは自己評価とは何だと思っているか?

それは、たとえば会社であれば人事考課の一環として

「自分はどの程度会社に貢献できているのか?」
「自分は今期どのくらいの成果を出せたか?」

というような事柄を、自分ではどう思っているのか……と聞かれているのだということ。

もっと単純に言うと

「自分では、どれくらい熱心に頑張ったか?」

……ということを自分で査定する機会、それが自己評価というものだと、多くの人がそういうイメージを持っているでしょう。

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しかし、自己評価という言葉をそのまま受け取るとすれば、実は上で言ったような意味とは別の捉え方、考え方もできるはずです。

つまり、むしろより本来的な、根本的な意味で言えば、文字通りの

「自己評価」

というのは

「自己がどのくらい自己たり得ているか」

に関する評価であって、その基準をあえて明確に言うなら、それはつまり唯一

「自分がどの程度自己実現できているか?」

というのとほぼ同じことになります

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はじめてのマルクス

もちろん、私たちが社会で一般的に用いるときの「自己評価」というのはこういう意味ではありません。

ですから、ほとんどの人は後者の意味での「自己評価」については、まともに考えたこともないでしょう。

それは無理もないことです。

そもそも、自分がそういう観点を持ったことがないのを、問題だと感じることすらほとんどないかもしれません。

なぜなら、そのような意味での自己評価なんて、他人から見たらどうでもいいことだからです。

なので、だれもあなたに向かってそんなことを発表しろとか、考えをまとめて一週間後に提出しろとか……言わないからです。

つまり、

「自己がどのくらい自己たり得ているか」

というのは、他のだれにも関係ない、完全なる自分事なのです

周囲があなたに求める自己評価とは

私たちのほとんどが

「自己がどのくらい自己たり得ているか」

を評価するという意味での自己評価、その経験が圧倒的に不足していると思います。

むしろ一般には、自己評価をする際には、ある意味で自分が自分であることをいったん忘れて

「自分勝手」
「独りよがり」

になってしまわないように、おかしなバイアスがかからないように配慮しなければならないと考えるでしょう。

感情とか利己的な気持ちを抑制して、できるだけ客観的に自分を見つめるべきだと。

また、社会に出るとしばしば

「自分の評価をするのは自分ではない

という意味の訓示みたいなものを聞かされたりもします。

評価というのはお客様とか、周囲の人がしてくれるものであって、そうでなければ意味がないのだと。

あるいは、一生懸命頑張っていれば評価は後からついてくるものだとか。

もちろんこれは、その意味で言えば……つまり会社とか、仕事というものの性質に照らせば正当な言い分とも言えます。

ただし、その意味に限定すれば……です。

そもそも私たちは、いわゆる自己評価というものはそういうものであるという固定観念を持っています。

考えてみると、私たちは子供のころから、学校教育を通して自己評価というのはそういう意味なのだという文脈を刷り込まれてきた面があります。

そもそも学校での成績というのは、

「与えられた情報を正確にインプットし」

「それを正しい形でアウトプットする」

というのをどの程度うまくできるかということを表す指標のことです。

私たちは常にそれを学んできたのです。それだけを。

別に教師や学校側がわざと悪意を持ってやってるわけではないとしても……しかしその枠組みの中では、たとえば

「自分で考える力」

とか

「創造性」

とか

「個性」
「自分らしさ」

とかいったものまでもが、あくまでその文脈の中で語られることになっています

そのような枠組みに慣れ親しんでいるので、私たちは

「自己評価」

と言えば当然に

「自分は、客観的に見るとどの程度他人に評価され得る人間なのか?」

を問うことだと考えてしまうわけです。

そして実際のところも、他者からそれを求められる場合には、自己評価というのは常にその意味でしかないわけです。

……会社などで提出を求められるような意味での自己評価、というのも実はこれを指しています。

端的に言えばそれは単に

「あなたは自分ではどれくらい仕事できていると思っているんだ?」

という意味でしかありません。

だれのための評価なのか

そのような意味での自己評価というのは、もちろん、会社にとって必要だから指示されるわけですよね?

それは会社側があなたを評価するにも、教育するにもとても重要な情報なのですから。

同時に、確かにそれはそれで、たとえばあなた自身にとってもまったく意味がないことでもありません。

仕事なら仕事という範疇で、自分なりの理解度とか客観性とか……そういったものを自覚し認識する機会を持つことは有益な面がありますし、そのような観点も仕事をする上で、また社会の中で生きていくために必要なものです。

ただし、それはそれ。

それは根本的な意味で、自己が自己自身を評価するというのとはそもそも違うことなのです。

あなた自身が自ら

「自己がどのくらい自己たり得ているか」

について考え、自ら一定の評価を下すというのを、仮に

「自己による自己評価」

と呼ぶとします。

すると、これと比較して、周囲があなたに求めるいわゆる自己評価という時の、その評価する内容というのは典型的には

「業績」
「達成率」
「習得度」
「努力の程度」

……といったものであって、実は本当ならふつうはだれか他の人が判断するべきものです

それは

「自分は客観的に見るとどれくらい他人から評価され得る人間なのか?」

ということを判断するのであって、内容的には他者評価によるべきところを、自分が代理して行っているに過ぎません

つまり、それは本当は

「自己による他者評価」

です。

会社など、社会で一般に他者から求められるのはこれです。

そこでは

「自己評価をしてみろ」

という意味は、ありていに言えば

「お前は、他人から何をどの程度求められているのか分かっているのか? で、どれくらいできたと思ってるんだ? ……自分で言ってみろ」

と言われているに他なりません。

つまりこれは、自分が行っているとしても、すでに「他者評価」の枠組みの中で、その文脈に沿って行う自己評価でしかないのです。