考える力を付けるというと多くの人はすぐに

「思考法」
「思考力」

といったものを考えると思います。

頭脳を鍛えるために何をしたらいいとか、〇〇思考法というようなものを学習しようとか。

もちろん思考力そのもの、あるいは具体的な思考の方法論というのも大切であることは間違いないのですが実は多くの人が見落としがちなのはむしろものを考えるための

「作法」

です。

思考の作法

たとえば

「何について考えるか?」

をあらかじめはっきりしておかなければ考える力を発揮することはできません。

また

「どこでどんな状態でそれを考えるか?」

によって発揮できる力は大きく変わってくるでしょう。

実際に考える力をつけるには思考法とかフレームワークといった各論に入る前に、いわば

「思考の作法」

を身に付けるのが近道です。

思考に入るまでの問題

何かをじっくり考えたいけれど、いつも

「いずれじっくり考えないといけない」
「今度時間があったらゆっくり考えよう」

と思い浮かぶだけでなかなかできないというような場合、多くの人はその理由を

「時間がないからだ」

と考えます。

しかし実際に時間ができた時には

「えーっと、いったい何について考えるんだったか……?」

ということを考えているうちに時間がなくなってしまいます。

あるいは考えるべきことが明確でないために、何を考えるべきかを考えているうちにいろんなことがランダムに思い浮かんで整理が付かなくなります。

結果、面倒になってやめてしまう……ということを繰り返していませんか?

これでは仮に時間があったとしても無為に過ごしているのと同じ結果になります。

……たとえばこういう状況は、本人の思考力や、思考法に問題があるわけではありません。

いわばそれ以前の問題なわけです。

仮に資質として「考える力」があっても、さまざまな思考法をすでに学んでいたとしても、実際にそれを使い続けなければ思考のスキルを自分のものにすることはできません

他のすべての道具と同じように、これらもまた、使いこなせるためには十分手に馴染み、慣れることが必要なわけです。

とりわけまず大切なことは自分は

「何についてどう考えたいのか」

をはっきりしておくということです。

もし、何かを考える時間と状況を得たとして……それをいつでもすぐに取り出せるように工夫しておくのです。

これは思考の準備です。

その準備が整っていて初めて実際にものを考えることができます。

場所の確保(考えるためだけの場所)

「何について考えるか?」

をはっきり準備しておくことと同時に、ものを考える場所を決めておくことをおすすめします。

これは、特に最初の段階で効果的です。

つまり、これは本当は

「自分がものを考える場所」

というよりも

「物を考えるという習慣を訓練するための場所」

といったほうが正確かもしれません。

……つまり、結果的には場所に拘らずいつでもどこでも考える力を発揮できる自分になりたいわけですが、それを実現するための道場みたいな場所を持つことが有効というわけです。

もちろんまず空間的にどこで考えるかを決めておかないといけません。

自宅でも良いのですがその場合には意識的に考える場所とタイミングを考えておかないと自分がせっかく何かを考えようとしているのに家族が話しかけたり雑用を言いつけられたりすることがノイズになって集中できなかったり、ふとしたことで考える気が失せてしまったりする可能性があります。

また、自宅の場合はすぐ手近なところにスマホやパソコンや好きな本や漫画などが置いてあったりします。

それが目に入ると集中して何か大切なことを考えることよりもとりあえずそっちに手を伸ばすことを自ら選んでしまう可能性が高くなります。

こうして、もし自宅に考える環境が作れないということになるとどこか別の場所を用意しなければなりません。

まあ実はどこでも良いのですが。

喫茶店、カフェやファミレス、公園、あるいは電車の中……。

よく指摘されることですが、ひとつ言えることは考えるための場所というのは意外に

「不自由な状態」

であるほうが効果的だということです。

つまり自分のしたいことが何でもできて気分的にもくつろげるような場所だと、実際にはそのことを考える以外の別のことを選択する余地が多いということですから集中しにくいのです。

極端に言えば、むしろものを考えるくらいしかやることがない……というような状態のほうが良いことになります

これも思考の準備です。

考える時間とは?

① 考える内容
② 考える場所

を自分なりに決めたものとします。

するとあとは

③ 考える時間

さえ捻出できれば良いと考えるかもしれませんが……先ほどから言っている通り実はこれだけでは本質的なことをじっくり考えることはできません。

その最大の理由は……あなたがそもそも

「ものをじっくり考えるという行為に慣れていない」

からです。

スポーツとか武道を始める場合のことを想像すれば容易に理解できます。

さっき、思考のための道場と言いましたが……それになぞらえて言うなら、今のあなたはまだ

「じっくり思考する」

という点においては白帯のヒヨッコです。

ある意味当たり前なのですが見落としがちなことです。

何の競技をやるのか自分で決めて、チームに参加したり道場へ入門したりします。

……それだけでその種目がすぐにできるようになるわけではありません。

それは準備が整っただけで実際にはまだ何もしていませんからね?

仮にあなたがどんなに筋力や基礎体力に自信があったとしてもです。

だからといってすでにその競技に慣れている経験者に挑戦していきなり勝てる確率は極めて低いでしょう?

やっと実際に練習を開始する段階に至ったに過ぎません。

思考力というのも単なる「力」なのではなくてある程度の実戦経験を積まないと身に付かない技術なのだと考えるほうが正しいのです。

考える前に自分なりの儀式を置く

実際に何かをじっくり考えるには自分の身体や精神を

「思考モード」

に切り替えるようなある種の儀式を使うと有効です。

たとえば比較的手軽で実践しやすいものとしては

いったん寝る
決まった雑用を行う
風呂に入る
決まった音楽などを聴く
決まった飲み物を飲む

といったものが有効です。

あるいはたとえば勤務中などに行うことを想定しているならば

数分間瞑想する
数回深呼吸する
何もせずに数分間ガムを噛む

といったごく軽いものでも良いです。

要するに何でも良いのですがそれをすると「思考モード」に入るというようなクセを意識的に付けるようにすると効果的でしょう。

でも、実は仮にそのようにしても実は最初はすぐに考えが進んだり思考が整理できたり良い案がひらめいたり……はしません。

つまりここからやっと練習に入れる状態になっただけですから。

よく散歩中にアイディアがひらめくことが多いといった話を聞くことがありますよね?

これは確かに一理あります。

仮に最初はたまたまそうだったのだとしてもその経験が何度か重なることで

「散歩しているときにはアイディアが浮かびやすい」

という解釈が自分の中に出来上がります。

すると今度は意識的にそれを狙って

「アイディアを出したいときには散歩をする」

という行動パターンを意識的に利用できるようになります。

どんな儀式的動作を取り入れるにしろ、それがある程度繰り返されることで初めて実質的に思考モードに切り替わるというパターンが形成されます。

それまでやめてはいけません。

実際に「考える時間」は実は短い

後から振り返ってみると気が付くのですが、たいてい何かについてじっくり考えようという場合でも、実際にそのことを考える正味の時間は実はそんなに長く必要ありません

「ゆっくり考える時間がない」

という人は、たいてい実際には思考に集中するための準備と、このような儀式をパターン化させるために投じるべき時間が捻出できていないのです。

ですから本当言うとあなたは

「思考する時間」

ではなくて

「思考という行為に慣れる時間」

のほうを必要としているのです。

深い思考には慣れが必要です。

ドラマなどでよく一流の経営者や政治家といった重責を負っている人が、薄暗い部屋でデスクにひとり座ってじっと何かを考えているようなシーンがありますよね?

腕を組んで目をつぶって……と思うといきなり大胆な決断ができている、みたいなシーン。

まあこれ自体は単なる演出かもしれませんが、でもたとえばこういった人々はそれこそ考えることを仕事としているような立場の人たちです。

要するに物事をじっくり思考し決断するということ自体に非常に慣れているわけですよね?

おそらく私たちがそれと同じことをいきなりしようとしても最初からうまくいくわけではありません。

ものを考えるということにはある種の訓練というか経験値が必要なのだとあらかじめ知っておく必要があります。

そうでないとせっかく時間を取って、じっくり考える機会が整ったとしても、たいした考えも浮かばないどころか思考がフラフラさまよっているような感覚に耐えきれなくなって

「自分はそもそも考える力がないんだ!」

と性急に投げ出してしまいます。

でもそれは

「思考力がない」

のではありません。

ましてや、何かの本に書いてあった思考法が間違っていたのでもありません。

それよりも、単に最初の段階で忍耐力がなさ過ぎたというだけのこと。

武芸に入門して一晩で逃げ出す門弟のようなもの。

……それでは考える力どうこうの話以前の問題なわけです。

ですから上に書いたような手順作法を用いて、まず

「じっくり考えるということは体感的にはどういうものなのか」

を興味を持って経験してみるという気持ちが大切だと思うのです。

最初はせっかくものを考える時間が確保できたのに結局たいした考えも出ないまま時間をムダにしているような気がしますが……それは仕方のないことで実は決してムダではありません

ものを考えるための自分なりの型(パターン)を作り上げることにある程度の練習時間が必要なのだとあらかじめ思っておいたほうがいいです。

ものを考えること自体よりもむしろそれに時間がかかるのです。