「引き寄せの法則」とか「思考の現実化」といったものを取り入れようとするとき、私たちは自然な関心として

「潜在意識」
「無意識」
「何か神秘的な力」

といったことのほうに注目します。

潜在意識を活用するために必要なのは?

しかし、よく考えると、そこで実際に重要になるのはたいてい、結局は

顕在意識」

つまり、すでに自分にとっては自明だと思い込んでいる、自分の日常の「意識」のほうという話になります。

多くの成功哲学、成功法則は

「あなたが理解も認識もしていない、潜在意識を活用することが大事だ」

と言っています。

でも……それはいわば説明の仕方としてそちらが強調されているという面があって、それらの話の流れをよく咀嚼してみると、たいていは

「自分の願望や目標を、明確にしなければならない」
「正しく思考しなければならない」
「自分の願望や思考の結果を、正しく明確に潜在意識に伝えなければならない」

……というような部分がポイントとして出てきますよね?

同じく、

「潜在意識の働きは偉大なもの、絶大で強力なもの」
「人間の意識のうち、自分が認識できる顕在意識、表層意識というのは数%にすぎない。あとは潜在意識が占めている」
「人間の意志や、表面上の思考の力は、潜在意識に比べれば非常に小さい」

といった表現もしばしばあります。

よく、顕在意識と無意識領域の説明には「氷山」のイラストが使われますよね?

しかしこれも、大きさとか、占める割合で言ったらそうだという説明にすぎません。

ほとんどの場合、その大きな割合を占めている潜在意識を、自分が望むように活用したり、自分にとって好ましい方向へ導いたりする役割を担うのは、結局「顕在意識」のほうになるわけで、その意味では、むしろ肝心なのは

顕在意識をどのように活用するか?」

という問題のほうだ、という結論にならざるを得ないのです。

たとえるなら、潜在意識というのが超高性能の大型トレーラーのように巨大な車だったとして、でもそれを動かして、好きな方向へ走らせるためには

「その車の鍵」

が必要です。そのカギのほうが顕在意識だと言っているわけです。

車のキー

鍵はとても小さくて、その辺に置いたらすぐ見失ってしまうような代物ですけど、それを差し込んで回さないことには、車だけあってもどうしようもないのです。

すべての説がそうであるとも言い切れませんが、順当な説明の仕方としては

「潜在意識は、私たちが正しく意図的に指示命令すれば、それに忠実に従う」

というのが前提になっているように感じます。

言い換えると、

「潜在意識は、常にあなたの意識的な思考を反映する」

と言っているわけですよね?

これはある意味で当たり前です。そうでなければ、私たちが何らか特定の意思を持って潜在意識に働きかけること自体がほとんど不可能になってしまいます。

もしそうなら、そもそも潜在意識について語る意味すらなくなってしまうことになりますから。

あなたの言葉は、顕在意識から発せられなければならない

「潜在意識について語る意味」

と言っても、もちろん最初の目的意識が違えば、話は違ってきます。

仮にあなたが。たとえばとにかく精神的に平安を求めている場合とか、何が欲しいわけではなくて、ただ癒されたいのだとか、あるいは瞑想や修行などによって、たとえば仏教的な意味での「悟り」を開きたいとか、自分の人格をできるだけ高めることがあなたの一番の目的である場合とか……。

そうなると、順当なアプローチとしてはむしろ顕在意識のほうは

「雑念を払ってをきれいする」

とか、あるいは滅却するとか? そういう方向になるかもしれないです。

でも少なくとも成功するとか願望実現するとかいう文脈で言えば、それではそもそもあなたが潜在意識に向かって語るべき言葉がなくなってしまうわけで、何を達成したいのか、何を実現したいのかも分からなくなってしまうでしょう。

実は、つかみどころがないのは「顕在意識」のほうだったりして

こう考えると、問題はむしろ結局、私たちの顕在意識をどのように整えるか、どう思考し、あるいはどんな思考をやめるべきか、どんな情報に注意を払うべきか……とか、もろもろの問題が

「自分の顕在的な意識や考え」

のほうに、いわば話が戻ってくることになるのですが、そこであらためて、ふと気が付くことは

「私たちの、顕在意識のほうが(ある意味、むしろ潜在意識なんかより)よっぽどつかみどころのない、あやふやな、ふらふらしたものだったのではないか?」

ということです。

日常考えてみれば確かにそうです。

「たった少し前に思考したことなのにすぐに忘れている」
「これと決めたのに、また迷いだす」
「一度考えたことと、まったく矛盾した考えがうかんでくる」

顕在意識のほうは、まさに自分自身がいつも意識している「そのもの」だと感じていますよね?

だから、あらためて考えるまでもなく自明のもので、それについては自分は当たり前に把握している……私たちは日常そう考えていますが、それがそもそもの間違いなんじゃないでしょうか?

「顕在意識のフィルター」理論

成功法則とか言っても、いろいろな説や切り口が想定できますが、私のイメージに沿って、たとえば

「潜在意識は、ものを判断したり評価したりはしない」
「潜在意識は、ただ指示された内容を自動的に、事務的に、本能的に、生理的に実行する」

というのが、潜在意識が持っている基本的な機能だとします。

あるいは、私の考えとは少し違いますが、しばしば見られる説明のように

「潜在意識というのは愛のかたまりで、本来善なるもの、愛に満ちたものである。しかし、顕在意識のほうがそれに反する間違った思考や、それに反する願望などを求めようとするので、うまく機能しないのである」

といった擬人法的な説明もありますが、だいたいにおいて共通しているのは、これらのモデルは単純化すると

「目標や期待や願望」

「顕在意識からの命令」

「潜在意識による受信と処理」

「顕在意識のフィルター」

「現実の変化」

という順路になっているということです。

ところが、上で言ったように、私たちの顕在意識のほうは実際のところはいつもふらふら、その都度考えている内容が変わったり、時には矛盾していたりします。

そうなると仮にいかに優秀で高性能の潜在意識であろうと

「あ、あっちに進め。あ、やっぱりこっちだ。あ、間違えた。やっぱあっち」

みたいな、いわば朝令暮改、定まり切らない無数の指示命令を次々に聞かなければなりません。

これじゃどうしていいか分かりませんよね?

パソコンだったらフリーズします。

すると、叶うはずの願望もかなわない、できるはずの達成すらできない……というのが当然の結果と言わざるを得ません。

それで成功哲学、成功法則と言われるもののほとんどが、

「まず、目標を明確にしなさい」

という話から始まるというわけです。