構造に着目する

学校で三角形など図形の「合同」とか「相似」について習いました。

今まで話したように、思考手順そしてより具体的な思考法を考えるときに

「構造」

というものが想定できるとすれば、具たいていな要素はまったく違ったとしても、構造自体に合同、相似のような一定の共通性、関係性が発見できれば、そこからの

「類推」

が可能になります。

つまり構造上の類似という概念です。

たとえば……単純な例ですが仮にツリー構造において、分岐の数と形がまったく同じものが2種類あるとします。すると内容はまったく異なるとしても構造としての相似性は非常に高いと言えるでしょう。

ただし……線の思考よりも平面的思考のほうが構造的な類似性を発見して活用できる確率は格段に上がります。

それは、やはり平面的思考では前提的に「領域全体を規定」するからだと思います。

パターン認識

私たちは細かい差異を無視して、ある程度似たものを同一視する習性をもともと持っています。

ふつうこれを

「パターン認識」

と言います。

意識的に用いようとすれば、構造の類似性に注目することによって、いわば穴埋め問題を解くように未知の要素を想像したり推測したりすることもできます。

得るべき対象そのものは未知のままだとしても

「構造から考えてここに何かが当てはまるはずだ」

といった推測ができるということですね。

そこから逆に考えて、どういった分野のどういう種類の情報が必要なのかといったことが仮定できるわけです。

あるいは、類似の問題は似たような構造を持つはずだと仮定して解決方法を模索することもできますよね?

構造から類推する方法はかなりメタ的な方法と言えます。

先の例で、SWOT分析という手法とPPMという手法とはその目的や対象は異なりますよね?

しかし、構造としてそもそも4象限の座標的フレームワークという共通のものをベースにしているという意味では共通性があります。

少し乱暴だけれども、極端に言えば

「仮にどんなテーマであっても」

とにかく2つの軸を想定して全体を4つに区別すれば何となく何かが発見されるような気がしませんか?

平面を思考の場と捉えるとそのようなアプローチも可能なわけです。

こじつける

ただしこれには当然デメリットも指摘できます。

ある既存の構造を無理やりにでも当てはめてみるというのは有効なことも多い反面、かなり強引なこじつけを生みます。

当然、無理にこじつければロジックとしては誤謬が多くなる可能性も増えます。

斬新な発想は往々にしてこじつけから生まれたりもするわけですが、けれどもそれは新しい

「発想をする」

とか

「推測する」

という効果を期待するものであって、必ずしも蓋然的ではありません。

根拠が希薄でも、詳細部分の差異を無視してでも自分が得た発想やアイディアを活かしたいと思うのが人間の心理です。

だから、それによって得たものは必ず検証が必須です。

それのみに頼っては、最終的に物事を

「決定する」

ことは難しいわけです。