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「貨幣とは?」……なんてことを考えるのは貧乏だからだ

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貨幣とは?

「金は鋳造された自由である」

てなことをドストエフスキーは書いた。

……重くるっしいな。

まあそれほど深くはないけど、私だって思春期の頃からずっと考えてきました。

「なぜ世の中には金持ちと貧乏人がいるのか」
「金を稼ぐということは一体どういうことか」
「そもそも貨幣とは何のためにあるのか?」

インターネットが普及したおかげなのかもしれないが、昨今はお金に関する意見や情報もかなり大っぴらに語ることができる風潮になってきた気がします。

「金の話をするのは下劣」
「金の話は野暮」

……なんて真面目に思っていた時代もあったんだけど(昭和)

で、途中端折るけど、とにかく結局のところ私自身が行きついたのは

「お金って、それそのものには何の意味もない、単なる数字だ」

という、身も蓋もない、味も素っ気もない答えでした。

貨幣の役割とは?

貨幣の役割は、教科書的にはだいたい

① 交換
② 尺度
③ 保全

の3つが挙げられます。

① 交換

というのは当たり前ですけど、他の具体的な財やサービスと交換できるということです。

交換するのに便利で適しているという意味です。

② 尺度

とは、他の物資や商品などあらゆるものの価値を同じ基準(つまり値段)で測定することができるという意味です。

そして

③ 保全

というのは、具体的な物品と違って物質的な意味での価値が劣化しないということです。

腐ったり痛んだりしない(……しない、というか、仮にしてもそれによって価値が落ちたとみなされない)のです。

「信用創造」とは?

私の理解でごく端的に言うと……信用創造というのは、お金というのは実際には

「だれかが銀行に借金を申し込んだ時に作られる」

ということです。

いわゆる「万年筆マネー」と呼ばれますが、銀行は融資する際、実際に自行が抱えている現金を取り崩して人に貸す(つまり「又貸し」)わけではなくて、単に融資先の口座に金額を記入するだけだということです。

このことは、私自身今でこそ理解できますけど……はっきり説明されなければずっと誤解したままだったかもしれません。

だって子供の頃から自然に培った金銭感覚、貨幣に対するイメージとまったく異なるからね。

MMT(現代貨幣理論)

この「信用創造」という現象からいわば逆算するように考えると

「MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)

が出てきます。

これも厳密な定義は置いといて、ばっさり一言で言えば

「(自国建てなら)財政均衡は必要ない」

という論です。

要するに、たとえば日本の場合だったら、日本政府は自分でいくらでも「円」を発行できるのだから、いくら支出したって財政破綻なんかしない……という理屈のことです。

この理屈そのものはけっこう前から言われていて、実はそんなに目新しい話でもない気がしますが……最近になって米大統領選挙が近付くにつれてまた議論が盛り上がってきているらしいです。

いまや日本のみならず

「緊縮財政を続けるのはもう限界だー」

「……てか、そもそも財政均衡なんてする必要なくね?」

「もういいや、刷っちゃえ刷っちゃえ」

と。

人心が安きに流れているのかなという不安も少しありますが。

でも、基本的に誰だって

「お前、自分で勝手にお金発行していいぜ」

と言われたら、喜んでいくらでも発行すると思うんですよね。

……で、そうなったとして、その場合いったいどんな弊害があるんだろうとあらためて考えると

「意外に問題なくね?」

という……要するにそういう理屈なのかなあ、って勝手に解釈してます。

日本銀行の目的は何ですか?

「貨幣とは?」……なんてことを考えるのはボクが貧乏だからだ

ひとつ思ってることがあるのですが。

そもそも

「お金とは?」
「貨幣とは?」

というようなことに理屈を付けたがる性格って、あるいは

「貨幣とは自由を保障するもの」
「貨幣とは感謝の量」
「貨幣とはあなた自身の価値を可視化したもの」

とか……何でもいいのだけれど、そういう詩的な、上手いこと言いたがる傾向って、正直言って

「それ自体が貧乏人の発想」

だった気がする……。

なぜかと言って、そもそもお金に困ってない人たち、いわゆるお金持ち、裕福な人々にとって、貨幣というのは

「常に目の前にあるありふれたもの」
「いつでも十分あるのが当たり前のもの」

です。

さらに言えば……いちいち何かに喩える必要すらないほど身近なもの。

ふだん意識することすらほとんどないもの、かもしれません。

つまり、初めから貨幣に恵まれている人というのは、そもそも

「貨幣とは何か?」

を問う動機がないのです