結果的にお金が増える人というのは、
「お金を増やす」
という願望が非常に強い傾向があります。言い換えれば、お金を増やすように判断してしまう、行動してしまう傾向があるのです。
ある意味当然ですが、これは言ってみれば、お金持ちになるための第一条件とも言える考え方の原則的なコツと言っても良いでしょう。

これは「考え方」と言っても良いですが、願望と言ってもいいし、目的と言ってもいいです。あるいは価値観、観念と表現することもできますが、とにかく
「お金を増やすこと」
を常に優先的に考える傾向が強いということです。
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内面化した観念、価値観
この考え方は一見当たり前のようで、だれでもやろうと思えばできそうな考え方のように思えるかもしれません。しかし、実際にはそんなに簡単ではありません。
もしかすると、このように言うとあなたは、
「そんな考え方は低俗だ」
「利己主義だ」
……と直感的に軽蔑とか嫌悪のような気持が出てきたかもしれません。
つまり言葉としてはとりあえず理解できるとしても、多くの人はそれを自分の血肉のように内面化するのが難しいわけです。
だから意識的にそのように振る舞うことは、実はだれにとってもかんたんなこと……とは言えません。
「お金を増やす」以外の願望
もちろん、一般的に言ってだれでも
「収入をもっと増やしたい」
「お金を増やしたい」
といった願望、観念を多かれ少なかれ持っています。
多くの人が、お金を得るコツとか、具体的な方法論を求めています。
しかし、それだけを取り上げれば確かにそうなのですが、ごくふつう、たいていの人はお金を増やすこと以外のさまざまな願望を共存させています。
むしろ、多くの人は「お金を増やす」という願望、観念の優先度が他の願望や観念と比べて特に高くないのです。
もちろんお金は増やしたいと思いながらも、同時にもっと別のこと、たとえば
「周囲の人から良く思われたい」
「世間並みに恥ずかしくない体面を保ちたい」
あるいは
「月並みでも今の幸せや安らぎを守りたい」
「むしろ月並みくらいの暮らしのほうが良い」
とか。
他にも
「もっと能力を付けたい」
「もっと人脈を作りたい」
「仕事でやりがいを感じたい」
「善人でいるべきだ」
「精神的なものを大切にすべきだ」
「欲張りはいけない」
とか……例は何でも良いのですがとにかく他の諸々の観念を持っており、それらの優先順位が
「お金を増やすこと」
より高くイメージされているか、あるいはそれぞれの優先度をあえて決めないまま共存させています。
一見「お金」と関係ないような観念でも
よく、お金に関する「メンタルブロック」があるとお金に恵まれない、というような言い方もしますよね?
その類のものは、もちろん「お金を増やす」ことと反対方向に働くはずです。
ただし、特に「お金を増やす」とうことと直接的に対立するような願望や観念に限ったことではなく、何かしら別の願望や観念があって(あるのがふつうです)、その何かの優先度が自分の中で
「お金を増やすこと」
と常に拮抗しているような場合には、その人は日常、現実に何かしらの行動をするとき、判断をするときには
「お金を増やす」
のとは別の選択をする確率が高くなっています。
いわば、お金持ちになりやすい人というのは「お金を増やす」ことに貢献する判断や行動を取る
「打率がきわめて高い」
と考えられるのです。
自分が何を優先しているかは自覚しにくい
……ここでは「優先度」という表現をしましたが、これは必ずしも本人がその意思で優先度を高くしようと考えている場合だけとは限りません。
むしろ多くの場合、自分自身のたくさんの観念や価値観の間の矛盾や不整合というのはほとんど意識されないまま、ある意味放置されているものです。
むしろふつう多くの人は、自分にとっての優先的な願望や価値観をあいまいなままにしておこうとします。それが自由であり、自分の選択肢や可能性などをより広げることになるというふうに錯覚するからです。
ところで、これは、逆に言って「お金持ちになる人」の場合も同じことです。
お金持ちになる人、お金持ちになりやすい人というのが必ずしも
「自分にとって最も優先すべきなのは、とにかくお金を増やすことだ」
と始終強く意識して生活しているとは限りません。
もちろん自覚して意識的にそう努力している人も中には存在するでしょうが……そうではなく、本人は意識の中ではぜんぜんそんなこと想起していないまま、ただ単にごく自然に、いわば習慣的にそのように判断したり行動したりした結果、いつの間にかお金がたくさんになっていた、という場合があります。
もし、そのような人に直接尋ねたなら
「いえ、私だって周囲の人から良く思われたい」
「世間並みに恥ずかしくない体面を保ちたい」
あるいは
「月並みでも今の幸せや安らぎを守りたい」
「むしろ月並みくらいの暮らしのほうが良い」
といったことを言うかもしれません。あるいは、
「お金なんて気にしない」
「お金より~のほうが大事」
といったことを常日頃から強調している場合さえあり得ます。
だから一見違いがないふうにも見えるのです。また本人にとってもそれは決してウソではなく、意識の上では本当にそう感じているのかもしれません。
でも、実際に何かを判断したり、行動したりするその瞬間には、いわば
「お金が増える」
方向へ自分が勝手に動いてしまうのです。自覚もなしに、いわば自動的にです。
つまり多くの場合、考え方と言ってもそれは
「自動思考」
であり、すでに
「行動様式」「行動パターン」
として内面化しているものなのです。
さらに言えば、仮に本人が
「よし、とにかくお金を増やすことを常に優先することにしよう」
などと意識的に頑張っている間は、短絡的に結果を得ようとして失敗したり、細かい損得などに拘り過ぎて逆に大きく見ると損失のほうが多かったり……と失策も多くなるはずです。
どんな種類の考え方であれ、それを自分の血肉とするにはけっこう長い年月が必要です。
むしろ、そうなった時にはもはやいちいち意識するまでもなくごく自然になる、そうなってしまう……というくらいの感覚で自然にできてしまうでしょう。
そうだからこそ、たとえばある時には一見逆に思えるような行動をしたり、目の前の利益をいったん捨てて後からより大きな成果を得たり……といったことも可能になります。
それはまるで熟練のポーカープレイヤーのように、いちいち自分の手作りに気をかけなくても済むようになり、相手との駆け引きとか場の流れのほうに常に集中できるようになるというわけです。
ですから、もしあなたが同じような考え方を取り入れて、
「よし、今度からこのように考えればうまくいく」
と感じたとしても、おそらく実際には一朝一夕に身に付くものではありません。
でも、実際にお金を増やすことができる人というのは、意識的にしろ無意識にしろ、そのような考え方をすでに内面化させ、体得してきた可能性が高いのです。