前の記事では思考につきまとう「未知性」を排除することで思考が簡単になるという話を書きました。
で、次に
「恣意性」
についてです。
おそらくこれは精神的な負荷に直接的な影響を与える問題です。
それこそ本人の主観的な問題だからです。
思考の恣意性というのは
行為者によって物事に対する認識自体が異なる
行為者の欲求意図に沿って異なる方向に誘導される
結論を出そうが出すまいが行為者の自由である
……というような意味ですが、こういうことは未知性のように単に明確に区別してアプローチすればいいというだけでは割り切れないようにも感じるでしょう。
比較して考えると分かりやすいと思いますけど、未知性というのはその問題に直面して初めてその個別具体的な内容について検討することができるものですよね?
「未知性は個別の対象に依存的である」
と表現できます。
それに対して、恣意性というのは問題に個別に付随している条件に関わらず、むしろ自分の意思、意向に左右されるところが大きいです。
ということは恣意性については、あらかじめ
「自分の立場」
とか、考え方の方向性や大まかなパターンを準備しておけばそこから演繹的に対象となる問題へのアプローチの方針を決定することができるということになります。
つまり、思考を高速化にするためには恣意性については選択をあらかじめ行っておけばよいということになります。
自分の意思を「いつ」考えるべきか
もちろん、個別の問題が目の前に現れるたびに、自分の意思とか意向とかについて都度考え直すこともできます。
そのほうが納得して物事を進められる気がする……と感じる人もいると思います。
けれども、実はそもそも
「自分の考え」
「自分の意思」
といったことというのは、何か具体的な問題や課題が発生してから、それに応じて考えるようなものでもないと思いませんか?
むしろ、本当ならば先に自分なりの意思や意向、あるいは自分なりのものの考え方というものがある程度定まっていて、それを
「個別の問題に当てはめる」
というほうが自然ではないでしょうか?
何か具体的な問題が起きてから「自分の意見」「自分の意思」を決定するという操作は、いわばコピーで済ませられる記述をこだわって何度も何度も全部手書きしているような作業とも言えますよね?
それは少なくとも
「頭が混乱して整理できない」
「考えているうちにこんがらがってしまう」
という悩みに対処しようという観点から言うと逆効果と言わざるを得ないのです。
ポリシーがある?
私は、この恣意性の問題に対処するのに有効な実践的な考え方として
「便宜的ポリシー」
というのを用います。
ポリシー(Policy)というのは「政策」「方針」「方向性」というくらいの意味ですが、一般に日本語で
「これが私のポリシーだ」
というよう使う場合には、本人が持っている強いこだわりとか、自分の中で決めて守っている一貫したルールというような、かなり大きな意味で使われることが多いですよね?
① 人生の中で一貫しているもの
② 自分にとって根本的な価値観
③ 長期にわたってずっと守り続けるべき大切な考え
というイメージがあります。
なので、ポリシーなどという言葉を使うと過剰に重く感じてしまう人もいるかもしれません。
ポリシーを「便宜的に」使う
しかし、私が今言っているのはもっと単純なものです。
その点をはっきりするためにこれを
「便宜的ポリシー」
と呼んでいます。便宜的ポリシーというのは私たちの思考を簡単にするために、恣意性に対処するために有効なものです。
単純に言ってそのためだけにあるようなものですから、別にそれほど大げさに考えなくていいのです。
大まかな方向性を決めておく
思考の恣意性を扱う上で有効なのは、便宜的ポリシーを個別の問題と無関係に先に決めておくことです。
これは要するに「演繹法」です。
【演繹法】
―Wikipedia
一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る論理的推論の方法。
つまり、個別の問題を考える際に、その大まかな前提、方向性をあらかじめ定めるための「原則」みたいなものです。
もちろん、便宜上とはいえできるだけ自分自身の本来の価値観や理念といったものに沿っているほうがスムーズではあります。
ただ、ここではそれを優先しません。
それに、必ずしもあなたの人生の全般にあまねく適用可能なものでなくても構わないです。
たとえば仕事なら仕事というふうに適用範囲や使用目的を限定してみるのも悪くないでしょう。
過敏にならずに、とりあえずのつもりで決定しておくだけでも有効です。
また、気軽に変更してもまったく差し支えありません。
自分なりの思考のための「便宜的ポリシー」を考えておきましょう。それを何か困った問題や喫緊の課題などが発生する「前に」決めておくのが思考を高速化するポイントです。
簡単なポリシーの作り方
自分のことなので基本的に自由に考えればいいと思うのですが、ごく簡単に便宜的ポリシーを決める方法のひとつとしてキーワードを用いる方法があります。
やり方はごく簡単です。
① 気になる単語を3つ挙げる
自分がごく自然にひんぱんに意識する言葉や、無意識にしばしば使ってしまう単語を3つ探してみましょう。
その言葉、すなわちその単語が表す概念というのは、おそらくあなたにとって常に重要なもので、あなたが思考する際にはいつも登場する言葉である可能性が高いです。
そのような言葉を探し出したら、たとえば
「愛・平和・真理」
というふうに単純に並べてみてください。
これは単なる一例なので、別にこんな大きな概念でなくても構いません。むしろ大きすぎる抽象的概念だと上手く機能しない場合があります。
また、最初の時点では並べた言葉はそれぞれ関連性も何もまったく考える必要はありません。
バラバラならばバラバラでいいです。
人によってたとえば
「お金・健康・仕事」
というのも構わないし、極端に言えば
「家・野球・車」
でも通常問題はないです。
……ただし、使用目的を踏まえて考えたほうがいいです。
たとえば、今自分は仕事上の決定事項で悩まされることが多いのに
「酒・野球・車」
といった言葉を並べたところで実際問題それを仕事に当てはめるのは難しいですよね?
その場合はたとえば
「スピード・給料・コミュニケーション」
とか、それなりに適用範囲を想定して自分がいつも気にしていると思うようなキーワードを出してください。
② その単語の解釈と方向性を決める
で、そのように自分なりに挙げたら、この3つのキーワードに引っかかってくるものについては選択の方針を大まかに決めておくのです。
たとえばですが
「スピード・給料・コミュニケーション」
だったら、
「スピード」
という言葉に自分はどういうイメージやニュアンスを投影しているのか。
それを何よりも優先しようと思っているのでしょうか?
それとも、むしろあまり気にしないように注意しようと思っているのでしょうか?
それとも場面によって使い分けたいのでしょうか?
……このように、その自分にとって重要な概念をどういう意味で、どんな方向に解釈しているのかを考えておくのです。
それが、あなたの原則的なものの考え方ということになります。つまり便宜的ポリシーです。
そして、何か具体的に考えなければならないことが発生した時には、それを
③ 演繹的に当てはめてみる
ようにします。特に問題自体が難解だったり今までに経験したことがない例だったりする時、これは試す価値があります。
「ひらめき」と「第六感」
このようにいったん決めておけば、これだけでも「恣意性」に関する思考の煩雑さや負荷をかなり軽減することができるのです。
ところで、人間はいわゆる
「ひらめき」
とか
「第六感」
と言われるようなものがあります。
おそらく無意識にある概念や思考手順の「かたまり」をそのまま当てはめることができたとき、そのようないわゆる「カン」が働くのだと推測されます。
これはいわば思考のバイパスみたいなものなのです。
便宜的ポリシーを考えておく意味は、都度現われる思考や判断の「恣意性」に関して人為的に準備しておくことで一種の思考のバイパスを意図的に作ることです。
逆ポリシー
今度は、ある意味で便宜的ポリシーを作るのと逆の考え方ですが、思考の恣意性による混乱を避けるもうひとつの方法として当たり前のようなことですがあらかじめ
「自分が絶対にやらないこと」
「絶対に選択しない考え」
を決めておくことをおすすめします。
これが自覚的に考えようとすると案外あいまいなことが多いのです。
想像してみると分かりますが……私たちは、総論的にはすべきでないと思っていたはずなのに、実際に個別具体的な問題に直面するとなぜかそちらのほうが良いのではないかという考えに傾いてしまう場合が少なくありません。
「本来はすべきでないが……」
「今回だけはどうしても……」
と考えてしまうわけです。
けれどもその状況になってしまってからそのようなことを判断するのは精神的な負荷が重くなるばかりでなく、ある意味とても危険な行為とも言えます。
要するに、その感じ方は後から振り返ってみると間違っている場合のほうが多いわけです。
「重大な事柄ほど、非常時に考えるとロクなことにならない」
これは、ふだん何事もないときに考えればだれでもすぐ分かるのです。
特に何も問題が起こっていない段階で冷静に決定しておけば、実際ある程度不安定な状況になろうとも、少なくともその選択肢はそもそも考慮に値しないことは理由も含めてはっきりしているはずです。
これは気持ちに余裕がないときほど意外と効果を発揮します。