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論理的思考力とは「要するに」何なのか?

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論理的思考力とは「要するに」何なのか?

おそらくだれもが自分の思考力をより高めたいと願っていると思います。

それで、まず大きく分けて思考力というと

「左脳的思考力」

「右脳的思考力」

があり、双方を効率よく高めることができれば結果として自分の思考力は飛躍的に高まるはず……つまり

「頭が良くなるはず」

というふうに漠然とイメージできると思います。

で、人によって差があるのかもしれませんが、少なくとも私自身の感覚で言えば、いわゆる

「右脳的」

のほうは、たとえば

「直観」
「ひらめき」
「非連続な思考の連鎖」

といったものをイメージするのは比較的簡単なように見えます。

得意かどうかは別として、それ自体が何を指しているのかをイメージすることはできる……という意味です。

ところが、左脳的な思考、つまり論理的に考えることのほうは、端的に一言で言い切るのが意外に難しい気がします。

いや、もちろん言葉として言うだけなら

「論理的な思考」

とか

「ロジカルシンキング」
「クリティカルシンキング」

とか言うのはかんたんなのですが……それが要するに何を指しているのかと自分でもはっきり言えない気がするわけです。

入門書や専門的なサイトがたくさんあります。それぞれに非常に有用な知見や、今まで知らなかった斬新な視点が紹介されていて、その意味では役に立つ点がたくさんあります。

しかし、それぞれが微妙に見解やニュアンスの違いがあり、しかも多くは同時に事細かな方法論の解説が伴っているために余計に、論理的というのが

「要するに」

何のことだか? ……訳が分からなくなってしまうということが起こります。

というか、私はそうなりました(笑)

なので私はいったん細かいことは置いといて、とりあえず

「論理的思考とは『要するに』何なのか?」

ということについて自分なりにはっきり決めておこうと思います。

論理的思考力とは6つの力を総合したもの

以下は私自身の理解の仕方であって学術的な厳密さも正確さも関係ないある意味勝手な言い方です。

その上で、私は

「論理的思考力」

というのは下に挙げる6つの知的活動力の総体のことだと一応結論します。

現在のところ……ですけど。

① 見渡す力

まず対象が何であれ、これから考えようとする事柄の内容についてよく知っていなければなりません。

または、事実具体的には知らない部分があるとしても、少なくとも

「その範囲まで考慮の対象として含めなければならない」

という認識は必要になります。

いわばその対象に関する

「網羅性」

を確保することが必須です。

そうでなければそもそも論としてそれについてきわめて不完全で抜けの多い思考しか行いようがないはずだからですね。

そして、それには当然その事柄に関する具体的な一定の知識や経験が必要です。

また、その事柄や概念の全体の中でどの部分が中心的で、どの部分は枝葉末節的である、とか

「相対的にどの範囲の重要度が高いか?」

といった適切な判断も必要でしょう。

どこか一部分だけを絶対視したり、そこだけに執着したりすることなく全体での「重要さの分布」みたいな観点を持っていることが有効と思います。

つまりそれを俯瞰しうる程度の知識量、経験量、あるいは勉強量といったものが下地として必要なだけでなく、それを適切に関係付けたり体系化するような視点の持ち方にも慣れている必要がありますね。

私はこれを

「見渡す力」

と呼んでみました。

② 分ける力

次に、おそらくこれは一般にもよく言われる点ですが、大きな概念などをより具体的な細かいものに

「細分化すること」

に長けている必要はあると思います。

典型的にはたとえば業務の一連の流れを、より細かい手順として時系列で言語化するような場合。

あるいはたとえば「愛」とか「平和」とか「善」とか、そういう抽象度の高い概念を、より現実的ないくつかの要素に分解して表現するような場合。

このような操作に慣れていることです。

しばしば

「分かるということは『分ける』ということだ」

というようにも表現されますね。

またいわゆる

「MECE(ミッシー)」

といった観点も主にはここに含まれるでしょう。

③ まとめる力

何かを論理的に整理するためには、上と逆の操作も必要です。

一見バラバラな具体的な事柄をいくつかのより上位の概念のもとに整理するような操作ですね。

いわゆる

「メタ思考能力」

あるいは一般化、抽象化とも言われます。

それに、単にいくつかに分類したり整理したりするだけではなくて、それらを全体として階層化するような思考も大事です。

典型的には全体を

「ピラミッド型」

の構造を持つ大きな一つのまとまりとして示すことになるからです。

多くの場合、少なくとも単純に表面的な部分だけで言えば

「論理的である」

とはまさに

「全体をピラミッド型に示すことができている」

ということとほぼ同義であるとさえ言えるかもしれません。

④ 並べる力

関連する物事の間にある関係を自分なりに整理して、各項目(要素)を

「あるルールに基づいて」

順番に並べるという能力というのがあると思います。

あえて区別をはっきりするために比較して言うとすれば、先ほど言った

「まとめる力」

という場合には、主に

「縦の関係」

すなわち概念の階層的整理のほうに重点が置かれていて、その対象の全体像を整理して俯瞰するという面では非常に重要なわけですが、たとえば今度はそれを

「まだ知らない人にうまく伝えるには?」
「それをどのように習得するのが最も効率的か?」

といった側面から考え始めると、それは階層化された全体像の把握というよりは

「横の関係」

つまり、そこに含まれる個別具体的な要素(一つひとつの概念や手順など)を、どんな順序で並べるのが最もふさわしいかというような観点が必要な場合が生じます。

各要素間にどんな順番や序列、優先度を付けるべきかを決定するには、そこに何らかの適切な

「基準」

がなければなりません。

こういった面での問題を把握する力、それらを考えるために必要になるのが

「並べる力」

です。

⑤ 表す力

そして、いわゆる表現力です。

口頭の場合であれ文書の場合であれ、自分が想定している思考の体系を他者に適切に分かりやすく表現することができなければなりません。

仮に自分自身の中ではきわめて明確な「考え」だったとしても、それに

「説明能力」

「言語能力」

が伴わなければ、相手からしたらぜんぜん論理的じゃありませんからね。

もちろん言語のみならず、これには会話の抑揚とかフォントの選択とか、絵や図表等を用いて示すテクニックなども含まれます。

⑥ やり抜く力

最後に、ひとまずこれらの力が重要だという自覚はあるとしても……現実的な場面で実際にこういった力をある程度継続して発揮して、自分の思考を一定の形になるまで

「継続する力」

が前提的に必要です。

どんな問題に当たってもあきらめずに投げ出さずに思考する力。

自分の思考を

「論理的に」

確定させる力です。

この意味での、ある種の忍耐力というか、腕力、体力のような力がなければ……論理的思考というのは成立し得ないのです。