スケジュールをこなすことが目的化してしまうのは間違っています。

スケジュール管理の成果の限界

仮に、毎日のスケジュールを非常に厳密に作りこむタイプの人がいるとします。

たとえば前の晩に必ず、翌日のすべての予定を緻密に書き込み、自分の行動をあらかじめ分単位で刻んで、すべての時間を最も効率的に使い切ろうと考えています。

移動時間や隙間時間すら読書や勉強に充てたりもします。

もちろん、体力の回復や、気力の充実といった面から「休む時間」や「リラックスする時間」も絶妙のバランスであらかじめ設定します。

この通りに行動すれば、理想的な一日が送れるはずだと、納得できるまで作りこむとします。

……たしかに、もしこのような習慣が身に付いていれば、

「そして、それを毎日完全に実行することができれば」

おそらくその人は実際かなり優秀で、おそらく一定の成果やパフォーマンスを発揮することが保証されていると言ってもいいでしょう。

しかし、もしそうであったとしても……それが真に「ベスト」な方法だという保証はありません。

なぜなら、これが本当にベストな方法だというためには、同時に

① そのスケジュールというのは、短期的にも長期的にも、あらかじめすべての方面に関してトータルでベストな判断が反映されいることが必要

② その時点でより良い選択肢が発生した場合、躊躇なくスケジュールを組み直すスキルが必要

③ そのスケジュールを立てるために要する時間コストを上回る効果が必要

……ということになるからです。

さらに、仮にこれをもクリアできたとしても、同時に

「あらかじめ決めたスケジュール通りに行動する」

ということが、自分にとってストレスや負担になってはいけません

むしろそれが自分の充実感とか喜びにつながるようでなければ、長期的にはスケジュール管理に成功しているとは言えません。 

人はなぜスケジュールを立てたがるのか?

上で述べたのは、もちろん

「かなり非現実的な、究極的な状態」

の話です。

実際そんなことができる人を、少なくとも私は(うわさに聞くことはたまにあっても)間近で実際に見たことはありません。

むしろ、実のところ私がしばしば見て知っているのは……

「上記のようなスケジュール管理を究極の理想だ」

と信じて、少しでもそれに近付こうと必死になっている人、です。

多くの人が、スケジュール管理のスキルを向上すれば、自分のパフォーマンスを最大化できるとイメージしています。

もちろん、その通り実行できれば。

現実に問題意識を持ち、不満を感じ、あるべき理想状態に

「スケジュール管理が必須のスキル」

だとみなしています。

完璧なスケジュールを立て、その通りに行動すれば、自動的に

「思い描く理想の状態」

になることができると想定しているのです。

しかし、実際はそのようにスケジュールを確定し、厳密にそれを守るように行動する……というのは、よく言っても

「次善の策」

であり、悪く言えば

「自己満足」

の域を出ないやり方でしかありません。

つまり、理論的に考えれば、もともとそれは本来ベストな策とは言えないわけです。

……これは、仮にあなた自身が立てたスケジュールを完全にその通りにこなせた場合であっても、です。

今現在の判断が「ベスト」

これはあくまで理論上の話ですが……。

人間が何らかの選択や判断をする場合、原則的にはもちろん

「より直前になってから決めたほうが」

正しい可能性が高いです

もちろん思考の錯誤とか、感情のブレとかを考慮しない場合の、いわゆる理論値として……ですが。

つまり、来年のことは来年考えて決めたほうがより正確だし、明日のことは今日より明日決めたほうが正しい確率が高くなるということです。

なぜなら、先のことになればなるほど予測や推定の部分が多くなるからです。

この意味で言うと、

「常にあらかじめ予定を立て、自分が作ったスケジュールを管理していく」

という手法には、ある種の限界がもともと含まれているということです。

スケジュールを守ることは目的ではない

ところで、実際は多くの場合私たちは自分自身が立てたスケジュールをきちんと守ることすらできません

「予定外の状況が起きたり」
「気が変わって安易に予定を変更したり」
「やる気が出なくてサボったり」

……します。

上で言った理屈よりも、実はこちらのほうが現実に近いです。

そして、スケジュール通りに行動できなかった自分を責めてみたり、自己嫌悪に陥ったりするのです。

日常茶飯事です。

そして……またスケジュールを立てるわけです。

「今度こそ、その通りにやって見せる!」

と決意して。

……これを繰り返すのです。

こうして、私たちはいつの間にか

「スケジュールを完全に守れることが理想」

だと思い込んで……スケジュール通りに行動できるということが

「すごいこと」

に思えてきます。

たまにそんな日があったら、それだけで大いに満足です。

しかし、これって本当にベストと言えるでしょうか?

それは自分自身の能力や可能性を最大に発揮したことになるでしょうか?

つまり

「スケジュール順守を目的化することは、自分のパフォーマンスを最大化することになり得るかどうか?」

そう考えると、大いに疑問です。

スケジュール管理のもう一つの考え方

さて、スケジュール管理という問題について、もう一つの考え方はこういうものです。

「最低限必須のものだけをスケジュール化する」

と同時に

「それ以外の事柄は、すべてその時点でベストだと思う選択をする」

……という考え方です。

ある意味、前に言った

「すべてを厳密にスケジュール化する」

というのと対極にある考え方と言えますね

でも、先に言っておきますが、これだって理屈で言うほど簡単なことではありません。

現実には同程度に難しいことでしょう。その意味では、この考え方だって理想論です。

……ただし、では今挙げた2つの考え方のうち

「どうせ理想論なんだったら、どちらを自分の理想として選ぶか?」

というのは重要な選択ではないでしょうか?

そして私はおそらく後者のほうが理想的であると思います。

本来スケジュールは何のためにある?

「最低限必須のものだけをスケジュール化し、それ以外の事柄はすべてその時点でベストだと思う選択をする」

私はこれをスケジュール管理の理想形と位置付けています。

すると、ではあらかじめスケジュール化しておくべき

「最低限必須のもの」

というのは何かということになりますが、私は次の4つに絞るべきだと考えています。

① 他人との約束を守るため

② 特定の行動に割り振る時間をあらかじめ確保するため

③ 準備のため

④ 思考の錯誤や、感情のブレによる選択ミスを回避する

スケジュールとして扱う予定やタスクは、この4つのどれかに当てはまるかどうかという基準で慎重に選び、むしろそれ以外は

「できるだけ排除する」

という意識を持ちます。

つまりできるだけスケジュールに入れないという視点で考えるというわけですが、これは最初やってみるとけっこう不安なものです

人間はたいてい、守る守らないは別として、あらかじめ予定が固定されているほうが安心な気がするからです。

……ただ、この不安な気持ちに打ち勝って必要最低限のスケジュールに絞り込むという努力のほうが

「すべてをスケジュール化してそれを厳密に守る」

ということのほうに躍起になっているよりは有意義な努力に見えます。

今最良と思う選択をする

同時に、もちろん人間にとって常に

「今最良」

という選択や判断を正しく行うのも実際にはかなり難しいことです。

ただし、こちらのほうが

「本来的」

であるというのは確かなことであり、長期的に見ればこちらのほうが甲斐のある努力であるというのはおそらく間違いのないことだと私は思うのです。