1911年初版。原題は

「The Sience of Getting Rich」

と言います。

著者の述べるところによると、本書はあくまで実用書であって理論的、思想的背景には触れず、結論のみを端的に示したもの。

本書の一番の特徴は「明快さ」

ところでこの本は、内容そのものは他の有名な成功哲学本と類似しているようにも感じられます。

……というか、こちらのほうが先に出版されているのですが。

いろんな本を読んでいる人にとってはもしかすると

「なんだか、あまり目新しい部分はないな」

と感じる可能性もあります。

しかし……ふつう、成功哲学本というのはたいてい相当なボリュームがある本が多くて、だいたいの内容を読みこなすだけでも相当の時間と努力が必要である場合が少なくないのに対して、この本を読むとむしろ

「非常にコンパクトで、文章も明快、内容もエッセンスと言えるような部分に絞って端的に書かれている」

ような印象を受けるのではないかと思います。

その意味では、成功哲学一般についてその概要を把握したい人、あるいは、いろんなものを読み過ぎて訳が分からなくなってきたので、一回頭の中を整理したいというような人にとって非常に有意義な良書、という言い方もできます。

この手の話が嫌いな人には、おすすめできない

ただし、この本に書かれている思想の根底には

「宇宙一元論」

があり、ヒンズー教や東洋哲学および

「デカルト、スピノザ、ライプニッツ、ショーペンハウエル、ヘーゲル、エマーソン」

の思想と共通性がある、と(私が言ってるんじゃなくて)冒頭に明記されています

なので、そもそもその手の話が嫌いな人が読めば

「根拠のない異端書」
「オカルトチックな成功法則本」
「錬金術と同じだ」

というような印象を受けるだけです。

たしかに、そういう視点で読めば「突っ込みどころ」はいっぱい見つかります。

「いったいこれのどこが、科学的なんだよ!」

……とかね(笑)

しかし、宇宙一元論とか言われて特に何も抵抗がない人が読んだら、むしろ本書はごく単刀直入に「お金持ちになる方法」を解説した明快な自己啓発書、という印象になると思います。

たとえば、最初の第1章~4章くらいまでの中心的なテーマは、今の言葉で言うと

「メンタルブロックを外す」

ことに該当します。

① お金持ちになること、裕福になろうとすることは「悪」ではない
② 環境その他の条件によって「お金持ちになれない」ということはない
③ 自然物、食糧、資源などは十分にあり、枯渇するということはない

……といった考え方が、端的に、明確に示されています。

書かれたのは19世紀初頭ですが、ここに示されるようなメンタルブロックは現代の人々にもほぼ完全に当てはまる典型的なものですよね。

ただし、

「なぜそう言えるのか?」

というようなことに本書は触れていません。

まるで、それを説明することなどはじめっから興味がない、という感じです。

こういうスタンスは本書の全体を通して一貫しています。

「どうか、読者のみなさんは、私の書いていることが正しいことだと信じて下さい」

―序文より

ある意味、開き直ってるとも思える言い方です。こういう言い方はさすがに少し宗教じみているという印象を持っても不思議でないかもしれません。

要するに

「信じる者は救われる」

と言ってるのと同じですもんね(笑)

その後、第10章までの部分で、本書が採る考え方、つまり本書が言うところの

「確実な方法」

とは何なのかが明らかにされて行きます。

そして、次の第16章までは、要するに

「行動の仕方」

にテーマが移っていて、そこだけ読むと、一見まるで今出版されている一般的な「ビジネス書」かと見紛うような……あえて言えば、かなり常識的な行動原理が列記されているという印象さえ受けます。

たとえば

① 今している仕事を一生けんめいにすること
② 今日やるべきことに集中し、毎日やり切ること
③ 効率の悪い行動を避けること
④ 明確なビジョンを持ち、常にそれを確かめること

……これだけ見ると、むしろごくふつう、って感じじゃないですか?

しかし、それら私たちの行動や、努力の「結果」を支えるのは、結局のところ

「宇宙一元論」

なのだよ……というところが本書の真骨頂、あるいは、たぶん著者が最も強調したい点です。

ちなみに、最後の17章で、全体のまとめと、

「各章に関連する質問」

として、本書の内容がどれくらい記憶に残っているかチェックするための確認テストみたいなものが載っています。

読者はこの質問に答えてみることで、本書の内容、つまり富を引き寄せるための「確実な方法」を確実に理解し、習得できているかということを確認することができるようになっています。

これらの設問は、実際には本書の記述を遡ればかんたんに答えられるような「そのままの」質問ばかりです。

おそらく多くの人が、最初はたとえ読了直後であったとしてもこれらの質問に自信を持って明確に答えることは難しいだろうと思います。

ただ、それで自分の読解力や記憶力を心配する必要はありません。

それはある意味当たり前ですから。それってだれでも、どんな本を読んだ場合でも同じなので

それよりも、実はこのように

「読んだ内容を復唱するように答える」

という手法はですね。

キリスト教会や神学校などで聖書その他の教義書を学ぶときの伝統的なやり方に沿っているという感じがします。

これ見た時、私は

「やはり本書はキリスト教的な観念の影響を色濃く受けているんだろうな」

……とあらためて感じました。だからって私は別に気になりませんけどね。

自己啓発は「ニューソート」か?

いずれにしろ、基本的には本書そのものは「特定の教義を強要しよう」というような意図が前面に出ている本ではなくて、むしろ

「そういう部分には触れないよ」

とわざわざ断り書きがあるわけですから、私たちは自分の興味に従ってふつうに読めばいいんじゃないかな、と私は思います。