「思考は現実化する」で知られるナポレオンヒル博士ですが……ある意味当然のことながら、

「思考なんて、ぜんぜん現実化しないじゃないか!」

という批判(反発……それとも悲鳴?)が後を絶ちません。

……と言ってる私も、もともとそっちの側だったのですが。

で、まずそもそも「思考」というのが、どんなふうに解釈されているのかを一回考えてみたいと思います。

一般的に私たちがイメージしている「思考」

私たちはごく一般的には、思考というのは精神活動や内面的な行為であって、それ自体には実体はない「バーチャル」なものと見做しています。

もちろんそれは人間の「脳」や場合によっては他の器官も含めた関与の結果起こるもので、単なる「空想上のもの」という意味ではないです。

存在しないわけではないけれども、それはあくまで一種の「働き」であり「現象」であるというふうに理解していると思います。

思考という活動や、思考した内容そのものは、実際に目で見たり、触れたり感じられたり、あるいは測定したり捕まえたりすることはできないのです。

もう一つ、私たちは「思考」という時に、それを最大限に広い意味にとったとすれば、たとえば

「集中して意識的に何かを考えようとしている」

場合だけではなくて、

「ぼんやりと何かを思い浮かべている」
「何かの記憶を思い出そうとしている」
「お腹すいた、とかトイレ行きたい、とか……身体や生理的な欲求に反応している」
「勝手に言葉やイメージが頭に湧き起こってくる」

……といったもの全般を、すべて「思考」と呼んでもそれほど違和感がありません。

つまり自分の内面に起こる、意識に現れたものすべてを「思考」か「思考の結果」だというふうに捉えます。

ナポレオンヒル博士が言うところの「思考」

しかし……ナポレオンヒル博士が

「思考は現実化する」

という著作の中で言っている「思考」というのは、私たちがふつうイメージしているのと、かなり違いがあります。

まず博士は本の中で、きわめて断定的に

① 思考は実体あるいは強力なエネルギーである

と明言しています。

もちろん、著作物ですから断定的に書くに決まってるんですけれども。

あるいは、これは一種の比喩だと解釈することもできますけど。

しかし、おそらくナポレオンヒル博士自身が思考についてそのようなイメージ、解釈を持っていたというのは記述から考えて間違いないように思われます。

思考というのは単なるバーチャルなものとか、ある現象、概念に付けられた名前……とかではなくて、

「本当に存在するもの」

と信じていた。または、そう結論付けるしかないというふうに考えていたのだと推測します。

ただ、本書の中にそれを(私たちがふつう思うような科学的、論理的なやり方で)証明しようとか、客観的事実として根拠づけようとか、そういうのはほとんど書かれていません。

それよりも、博士がその根拠として次々に挙げているのは

「実際に成功を収めた人の、思考と、その結果」

です。

そのようにして思考というものを正しく、きちんと用いた人たちはことごとく成功している。だから、思考は実際に物事の経緯や結果に働きかける実体的な力を持つ「何か」であるに違いない。

……という理屈なのですね。

私個人的には、このように読むならば、この種の理屈もある程度許容できると考える立場です。

要するに、今の私は飛行機が浮力を得る物理的な理屈は分からないけど、でも実際飛行機は飛んでいるんだから、そういう力が存在しているのは、そりゃそうだろう……と。

(ただ、本書の論点はそもそもそこじゃないと思いますけど)

あともう一点は、

ナポレオンヒル博士が、現実化すると言っている「思考」というのは、

②  明確な内容と形を持った思考

だけです。それも、かなり緻密で正確な方法で構築したようなもの。それを博士は「形」と言っているように読めます。

つまり、一般に私たちが言うような、単に頭に浮かんだこととかではありません。

また、もし私たちが自分なりには意識的に、きちんと筋道立ててものを考えたと思っているとしても、それが博士が言っているような「正しい認識と方法に沿ったもの」でなければ、それは実現しないようです

ナポレオンヒル博士が現実化すると言っている思考というのは、ある発想と、それを下支えするような固い決意や信念と、さらにそれを実現するためのしっかりとした計画と、その遂行にあたって必要な姿勢や心構えなどもセットになったような、明確な内容と形式を備えた思考の「まとまり」「全体」ことです

つまり博士は、その全体とか、プロセスにおいてすべての面で、常に「頭(脳力)を使え」と言っているわけで、単純に

「考えてることって、全部そのまま現実になるよ」

と言っているのではありません。

ですからこれは単なる積極思考、前向き思考(ポジティブシンキング)と同じではありません。

また単に

「俺は絶対金持ちになりたい!」

というような「強い思い」のことでもありませんし、それをただ念じ続けていても現実化しません。

この意味で……ナポレオンヒル博士の主張する「思考は現実化する」というのは、引き寄せの法則とは内容的にぜんぜん違います。

もちろん一部共通している考え方や理論付けをしている部分は見られます。さらにそもそも「思考は現実化する」という表現が紛らわしいので混同されたり、同一視されたりすることも多いです。

「引き寄せの法則」で言われるところの「思考」

比較してみると、

「引き寄せの法則」

で言われているところの思考というのは、ある意味それ自体が自己完結しているもので、それは計画とか行動といった「事実的な行為や事象」とは無関係に

それ自体だけで現実化する力を持っているもの

として扱われます。

言い換えると、通常の成功法則などがほとんど異口同音に主張するところの

「思考―行動―結果」

というモデル(図式)から、行動という部分をある意味引っこ抜いてしまうわけです。

そして、その代わりに、その空いたところに

「宇宙との同調」
「自然の法則」
「集合的無意識」

……といった、つまり、少なくとも自分自身の行動などより大きな力、概念をもってその根拠とします。

そのような何かの力が働くことは間違いないのですが……いずれにしろこの図式を個人として、自分自身の視点から見た場合には、これは

「思考―結果」

というモデルになります。

詳しく見ていくと「行動」についても言及されている場合もあるのですが、基本的には、引き寄せの法則において「行動」はあくまで補助的なもの、思考のほうが決定的に重要かつ唯一の方法になります。

よって、引き寄せの法則では関心はもっぱら

「思考の方法」

に集中します。ちゃんと宇宙の、未知のパワーみたいなものに通じるように、それと同調するようなやり方で「思考」することが重要で、それさえ会得すれば即結果に結びつくはずだからです。

そこが引き寄せの法則の魅力とも言えますし、常に議論になる部分でもあるわけです。

最近の「科学的アプローチ」などで言われる「思考」

脳科学の知見や成果を踏まえたアプローチでは、思考はあくまで

「情報処理」

と見做されます。

情報なので、基本的に思考そのものはバーチャルです

ただし、実世界と同様に「バーチャル世界」のようなものも存在している……というようなモデルもあり得ます。

あるいは「次元」という概念でそれを説明しようとする場合もあります。

3次元までは物質が前提となっている世界ですが、現代の物理学とか数学の進歩から、すでに4次元世界があることははっきりしていて、さらに5次元、6次元……といった見方もあります。

……と言われましても、脳科学も、量子力学も……結局は私の頭では到底ついていけないので、結果的には

「それを信じるか、信じないか」

という話になってしまうので、その意味では

「宇宙の偉大な法則が……」

と言われているのと大して変わらなくなってしまうわけですが。

いずれにしろ、思考は

「情報処理プロセス」

であって、脳細胞や神経伝達物質などの物理的な反応、運動によって起こる現象、あるいはもっと高次元の存在というふうに考えられます。

なので、たとえば上手に思考するというのは、

「脳が持っている機能をいかに発揮させるか」

という課題を通して実現されることになります。

成功法則とか願望実現といったテーマを扱う場合にも、それは結局のところ、その情報処理プロセスをより目的に合致するように行うという一点に尽きるわけです。

ある意味、筋としてはとても常識的なアプローチになります。

でも、もちろん潜在意識とか、無意識といった用語も多用されます。

進歩していると言っても当然まだまだ未解明の部分も多いわけですから、ある場合にはけっこう突飛な発想や、一部宗教的とも思える説明なども入り混じってくるので、多くの説はまだ完全に科学的だと言い切れるものでもありません。

さっきも言いましたが、要するに理解の範疇を越えてしまえば、それはもう科学でも宗教でも……聞いてる側からすれば大差なくなってしまうのであって、

「この話は科学的(みたい)だから、正しいに違いない」

というのも固定観念、あるいは好みの問題としか言いようがないです。

そして、ここで「思考によって何か願望を実現する」ことを目指すならば、それはやはりあくまで

「脳の機能を有効に、最大限に利用するような思考をせよ」

という話が中心になります。

しかし、もちろん思考だけで現実を変えられるというような話にはふつうはなりません。科学ですから。

どこに重点を置いているかは別として、基本的には行動や継続、習慣化、自主的な努力などの必要性も否定されるものではありません。

ということはつまり、多くの科学的アプローチというのは基本的にはごく常識的な「成功法」「願望実現法」をベースにしたスタンダードな考え方のものが多いと考えられます。

どうしたらそれらをより上手く行うことができるかという観点で既知の科学的知見を当てはめているのです。

この意味では、現時点での「科学的アプローチ」というのは、スタンダードな成功法則を

「補強するもの」

という位置付けに留まっているという見方もできます。