私たちはなぜ、いわゆる「会社」「企業」に就職しようとするのでしょうか?

もしかすると、就職するのは学校の延長で自動的にそうするものと思っているかもしれません。

確かに、特に日本では、ほとんどの人は物心ついたときから学校に通うのが当たり前になっています。

そして卒業したらたいてい就職します。

だからもしかすると学校も会社もまあ同じようなものだと考えているかも知れません。

実際、新入社員の中には、会社というものを学校の延長のようにイメージして入ってくる人は少なくありません。

また、はっきり言いますと……会社側もそういう人の心理を利用しているフシがあります。

組織に属するとは

しかし……学校と会社は決定的に違います。

もちろん、違いはいろいろに表現できるでしょうが。

しかし、ここでのテーマに即してもっとも端的に言えば

「学校というのは、私たちにとっては組織ではない」

というところが、会社とはまったく違うのです。

学校と会社の違い

たしかに、学校そのものは組織です。

たとえば……働いている先生にとっては明らかに組織です。

ただし、私たちはふつう生徒として通うわけですから、学校が定めた学級や学年という単位の

「集団」
には属したとしても、それは学校という組織を機能させる側としてではありません。

むしろ学校という組織が提供しているサービスを享受する側です。

私たちは学校に生徒として属していることと会社に就職して社員として属することとを同じような感覚で捉えてしまいがちです。

でも、両者はまったく別のことです。

就職するとなると会社という組織に属することになります。

つまり、会社が提供するサービスを享受する側の集団ではなくて、会社という組織を機能させるための一員として属することになるのです。

最近では正社員として雇用されることを望まない人もいて、(私もしばらくそうだったのですが)いわゆるフリーターとして生計を立てようとをする場合もありますし、派遣社員という選択肢もあります。

しかし……たとえアルバイトでも派遣でも、職場となる企業やお店などの

「組織に属する」

という点ではいっしょです。

あなたはなぜ働くのか

ところで、あなたは

「なぜ働くのか」

と聞かれたらなんと答えるでしょうか。

もちろん理由は必ずしもひとつではないと思いますが……でも、おそらく多くの人が

「お金のため」

という答えを挙げるのではないかと思います。

では逆から考えて、お金を得るにはどういう方法があるでしょうか。

すると、別に必ずしも就職しなくても、自分で何らかの事業や商売をやって直接的に利益を求めるという手もあります。

つまり、だれかに雇い入れてもらうことはお金を得る唯一の手段というわけではありません。

また、仮に雇い入れてもらうとしても、その相手は必ずしも企業などの法人つまり組織でなくてもよいはずです。

何らかの事業や商売をやっている個人事業主に直接雇われるということも可能です。

つまりは、収入を得る方法として、組織に属するという他に方法はないのかと言えば実は決してそんなことはないわけです。

しかし、現実には雇われている人が圧倒的に多い。

またその中でも個人に雇われる人はごくわずかで、他のほとんどの人は組織に属すること、つまり、いわゆる

「就職」

を自ら選ぶわけです。

本人がどう意識しているかはさまざまに表現できるとしても、とにかく事実上自ら望んで組織に雇われようとします。これはどうしてでしょうか?

「なぜ働くのか」

と聞かれればお金のためと答えるのは想像しやすいです。

しかし

「なぜ組織に属して働こうとするのか?」

と聞かれたらなんと答えるでしょう。

仕事をして収入を得ることそのものは……組織に属する理由とはいえないわけです

あなたはなぜ、組織に属したいのか

それで今度は

「なぜ会社に属したいのか?」

と質問します。

するとたぶん

「安定しているから」
「社会的に信用があるから」
「何かに属していないと不安だから」
「みんなそうだから」

など、いろいろな答えが返ってくると思います。

私の周りにいる人に聞いてもほとんどがこのような答えを自信なさげに挙げます。

これらを集約すれば、つまり組織に属するということが自分を保護し、自分や家族の生活を安定させることになる……と多くの人が考えていることが分かります。

このように考えている人は、組織が持つ力をむしろ積極的に受け入れているということになるでしょう。

そういう意識が、いつの間にか……組織に属することが経済的な感安を解消してくれる唯一の選択肢だというように強化されていくわけです。

組織に対する違和感

ただし同時に、組織というものに違和感や嫌悪感を抱いている人が少なくないというのも事実です。

終身雇用を当たり前だと思っている人も今ではほとんど存在しないでしょう?

ある一定期間は組織に甘んじるとしても、それは

「必ずしも永遠にその状態を望むという意味ではない」

とか、内心で心に決めているという人も多いはずです。

実際多くの人がいずれ組織を去って自由になりたいという夢を見るものです。

夢のうちならまだいいのですが、あらかじめ自分なりの希望をはっきり持っている人の場合は特に、この面では、つまり組織との関係性を自分なりに納得するのはかえって難しくなります。

そこには、組織の目的と自分の希望や予測との整合性が常に必要になるからです。

この整合性が保たれなくなると、その組織に属していることは苦痛に思えてきます。

組織に属することは何を意味するのか

もちろん

「組織に属する」

とは、たとえば毎日出勤しているとか、職場に自分のデスクがあるとか……そういう表面上のことだけを指すわけではありませんよね?

実際には雇用、委任、派遣などの「契約」によって決められるわけですが、この契約というのは端的に言えば、対価を前提に

「特定の業務を行うことによってその組織に何らかの貢献をする」

という約束事のことです。

そして、そこで言う貢献というのは具体的には何であれ、集約すると結局

「組織が持つ目的の達成に力を貸す」

という意味ですよね?

組織は、あなたより先に目的を持っている

だれがどんな気持ちで属しようと、そもそも組織はそれ自体何らかの目的を持っています。

その目的というのはふつうたとえば企業であれば「利益」というように表現されます。

もちろん、単に利益と表現できるほど単純な話ではありませんが……要するに、その企業が提供しようとする事業内容を通して継続的に利益を生み出す仕組みを回すとか、とにかく、あなたがその組織に属する以前から、目的がすでに決まっているということです。

どんな種類のものであれ、組織に属するというのはその組織が掲げる目的を支持し、それを達成しようとするという意味です。

そこに本質があります。

目的は「存在理由」ではない

……このようなことは今さらあえて言うまでもないことかもしれません。

しかし今あえてここで確認したいのは、組織が掲げる目的そのものは、実は組織に「特有の」目的ではないということです。

先ほど述べたように会社の目的は「利益云々」であるのは確かですが……利益を出すこと自体は組織に特有の目的ではなく、たとえば個人でもできることです。

つまりこれはよく考えると

「組織が必要である理由」

ではありません。

では、組織の存在理由はいったいなんでしょう。

そしてほとんどの人が組織に属することを望むのはなぜでしょう。

実は組織のほうが個人よりも有利な点は、その目的を達成するための

「パワーを強大化する」

ことです。これこそ組織の存在理由です。

つまり組織とは、パワーバランス上優位を獲感するためのシステムであると定義付けることができます。

組織で何かをすることのメリットは、個人のレベルとは比較にならない強大なパワーを獲得すること、そして目的達成のためにその力を最大に発揮することができるという点にあります。

そして、同時にこれこそ多くの人が組織に属することを望む本当の理由なのです。

パワーバランスとは

「パワーバランス」

とは、他者と比べたときの力量差のことです。

これは自分の目的を達成するために他者より優位に立てるか、それとも他者の影響や圧力を受けやすいかというような意味です。

組織はこのパワーバランスにおいて他者よりも優位に立つことを目指して作られ、活用されているわけです。

これはいわば目的ではなく「手段」なのですが、同時にこれこそ組織が組織であるべき理由なのです。

前の記事で書いたように、組織が組織である理由はパワーバランス上優位に立つためです。

また、私たち個人も、そのパワーに依存するために企業などの組織に属することを望むのです。

組織が持つパワーの3側面

パワーバランスを決定する特徴的な要因として、組織というものが発揮するパワーというのは次の3つの側面から挙げることができます。

すなわち

① 調達のパワー
② 選択のパワー
③ 蓄積のパワー

です。

① 調達のパワー

第一に「調達のパワー」です。

一般に組織が集める資源には

「人・物・金」

があると言われています。

組織は個人が行うよりも圧倒的に有利にこれらを調達することが許されます。

そしてこれら大量の資源を自らの目的のために集約し体系付け有効に活用することができます。

② 選択のパワー

第二は選択のパワーです。

組織はたいてい、複数の取引先や、不特定多数の個人を相手に取引を繰り返します。

その立場で見ると取引相手や顧客というのは無数に存在する中のたった一例にすぎません。

たとえばマイホームを手に入れようとする家族は、それこそ一生に一度の買い物と思っています。

しかし、仮に不動産会社の側からその家族を見れば、彼らは日常的な業務の相手、単なる一提供先にすぎません。

もちろん、それだから顧客をぞんざいに扱っても良いとか……もちろんサービスを提供する当事者がそんなふうに考えているとは限りませんが、消費者優位の風潮があるとはいえ……そもそも論を言えば、パワーバランスは個人よりも組織のほうが圧倒的に強いです。

また、仮に組織と組織を比較した場合も、基本的には規模で優位に立っている側が強くなります。

③ 蓄積のパワー

第三に蓄積のパワーです。

もちろん目に見える資金、資源の蓄積も大きいです。

が、それとは別にいわゆる情報・知識・技術といったソフト面を考えても、その蓄積の量とスピードにおいて組織は一般の個人よりも格段に勝っています。

組織は特定の目的達成のための活動を業務として繰り返し行っています。

また関連する情報の収集、分析や技術の向上を積み重ね、たとえば一個人がどんなに熱心に研究しても追いつけないような知識量をストックします。

そしてこの蓄積は、組織の中にいる各個人が共有しているだけではなく、仮に個人が退職などによって入れ替わってもデータ、マニュアルまたは暗黙知として引き継がれ更新されていきます。

それはだれのパワーなのか?

何を目的とするにせよ、組織が組織である所以はパワーバランス上優位に立とうとすることです。

そして、だれもがその優位性を信じて組織に所属するわけです。

だから、たとえば組織を作る側、所有している側の立場で見ると、現場の細かいことはさて置き、組織力を強化するということは根本的には

① 調達のパワー
② 選択のパワー
③ 蓄積のパワー

の3つの側面からみたパワーバランスを増大するということと同義です。

ただし、これをそこに所属している個人の立場から見ると……当たり前ですが、これによってパワーを獲感するのは、所属した個人ではなく原則として組織自体です

組織に属することによって自分自身が力を得たかのような気分になるのはもちろん危険です。

私は、ここに私自身も陥っていた大きな誤謬があると思います。

だれもが組織に属することで自分の欲求や動機を満たそうとするのですが、それとは裏腹に本当のところ組織に属するのはいわば

「回避的な選択の結果」

に過ぎないのです。

つまり、今言ったことの裏面に当たりますが、各個人というのは単独で存在しているとパワーバランス上圧倒的に不利なわけです

だから私たちは組織に属するわけです。

組織が人を惹きつける力には不思議なものがあります。

もちろん、建前としては「雇用契約」などのれっきとした根拠に基づいてそれは行使されるわけですが……所属する人の個人的な欲求や都合を抑え、いつの間にか組織の目的達成を優先するように行動させるこの力の源はいったい何なんでしょうか?

多くの人は、こういう問題を意図的に見ないように、日々の違和感や反感を何とかやりくりしながら仕事を続けているのです。

また、たいてい組織のほうも知ってか知らずか……所属する各員がなるべくこういう面に目を向けないように配慮します。

または、正直言って私も一度どっぷりと組織に浸かった経緯がありますから……その後組織を離れてあらためてこういった角度から考え直す機会があったからこそ、今こんなことを書いているわけで、それまではいくら客観的に考えようとしても、その考え自体がある種のバイアスに支配されていたような気がします。

おそらく、いわゆる処世術とか、本音と建前といった感覚を持ってある程度このようなことに気が付いている人も少なくはないでしょう。

しかし、その理解は実は非常に表面的なもので、むしろ

「自分はそういう面も自覚している」

と思い込んでいることがまさに危険なのです。