自己啓発本などにはまるで既成事実のようにして紹介されているさまざまな知見や情報ですが、これには当然反論もあります。

中でも特に、いわゆる成功哲学と言われる分野でひんぱんに議論になりますよね?

「成功哲学なんて、嘘っぱちだ!」

……って言う人、けっこう多いです。

成功哲学は特別?

自己啓発と言っても、たとえば

「身近な人間関係を少し改善したいなあ」

とか、

「目新しい知識や考え方を取り入れてみようかなあ」

というような動機の場合は本人もそれほどひっ迫していないし、そもそも試しに見てみよう……というくらいの感覚であることが多いので、そもそも本当かどうかってことにそれほど頓着しません

「まあ、そんな考え方もあるんだなあ」

と、参考程度に聞いておく感じです。

「嘘だ! 本当だ!」

という話になりにくいのです。

しかし、いわゆる成功哲学、成功ノウハウという場合には、本人のそれに対する思い入れ、期待度が違いますよね?

そして、もし効果があるならメリットは相当に大きいはず。

そして、実際にはけっこうな労力や時間やお金や、その他諸々の犠牲を払って実行することになるので、逆に、もし何の効果もないとなったら……それは相当にダメージが大きいんです。

それだけに、嘘だ、本当だ、という議論も白熱するということになります。

再現性がない? たまたま成功しただけ?

たとえばアファメーションなどの願望実現法やポジティブ思考といった成功ノウハウ、そういった具体的なノウハウが、心理学や脳科学など専門の権威ある研究結果や統計、追跡結果によって出された科学的なデータに反しているという主張が時々あります。

また、科学的とは言えませんが実際のところ、多くの人がそれを信じて実践したのに、まったく何も起こらなかったというような個人的な報告を挙げています。

これは、ある意味

「ごもっとも」

な意見です。

ただ、もちろん業界側もそれを黙って認めているはずはありません。

「実は今まで言われていたノウハウと逆のほうが正しかったのだ」

とか、

「それは理解のしかたが間違っているからだ」
「使い方が間違っているからで、本当はこうやらないと効果ないんだよ」

とか、さらにどんどんノウハウを出してくるので余計にわけが分からない状態になります。

成功哲学そのものを否定する人は少ない

ただし、特定の成功に関するノウハウや方法論が

「嘘だ」「間違っている」

と指摘する本とか、人というのは実は自己啓発そのものを否定しているというよりはどちらかというと、その議論も含めて自己啓発関連の議論や活動を盛り上げている側に属するかもしれません。

「その成功哲学は間違っている

という場合、これはどこかに別の正しい成功哲学があるという前提で言っています。

考えてみると、今は特に、今までのいわゆる正統派の自己啓発に対峙する形で逆の主張を展開する本や情報も多く出されていますが、それ自体もやはり

「自己啓発本」「成功本」

に属することになりますよね?

「正しさ」を要求する心理

成功哲学書でなくこれは自己啓発本全体に言えることかもしれませんが、こういった類のものを読むことには意味がない……と考える人の中には、客観的な根拠や統計的なデータがないから正しさを証明できないという点を理由として挙げる人がいます。

でも私は個人的には、そのような意味での正しさを求めようとすること……そのことのほうが意味がない気がします。

……それは、そもそも人が信じていることや、言葉にすることの大部分がそうだからです。

自己啓発的なノウハウは根拠が希薄だとします。

でも、おそらくその反証を提出することもまた同じくらい難しいというのです。だからこそ成立しているんですよね?

よくある議論ですが、たとえば科学で証明できないものは「存在しない」……とは言えません。

そもそも存在しないことを証明するのはむしろ何倍も難しいものです

あるいは、まだ厚生労働省の認可が下りていない薬は

「患者さんに投与しても効かない」

と証明することもできません

効果がない、のではなくて効果がはっきり確認できていないのだから。

自己啓発的な知見の有効性や妥当性をたとえば数値やデータなどで明確に表すことはもちろん相当難しいでしょう。

しかし、有意な有効性がないことを証明することはおそらくもっと難しいのです。言っていることが完全に間違っているということを立証することもできないのです。

もちろん、これだけでは自己啓発を擁護することにもなりませんが。

ただ、他のすべての事柄がだいたいそうなのです。

成功哲学は体験談

そもそも、成功哲学の話で引き合いに出される根拠というのはたいてい言っている本人の成功体験か、過去の成功者や、クライアントや受講者などの成功事例です。

「私はこの結果、こんなに良くなりました」
「この方法でやったら、こんなにうまく行きました」

または、

「Aさんは、この方法でこんなに成功しました」
「Bさんは以前は皆さんと同じように……だったけど、今はこんなに改善しています」

というような言い方です。

これはつまり経験則を言っているに過ぎないのです。

仮に言っていることが本当だったとしても、どの程度再現性があるのか、たとえば同じ方法を100人が行った結果その内の何人がうまく行ったのか……といったことをデータ化しているなどということはまずありません。

仮にだれかが細かい疑問や反対意見をぶつけた場合、それに反論できるような緻密な理論や確立したデータなど持ち合わせてなどいません。

ほとんどの場合、

「別に、信じないならいいです」
「信じる人だけついてきてください」

という話になるだけです。

つまり、もう理屈なんて通用しない世界なんです。

ある程度歴史のある場合や、大規模に展開している団体がある場合などは、その事例のデータが膨大になっていきますので、もし正しく計測しているとすれば一定の統計的な正しさが主張できるかもしれません。

ただ自己啓発業界でそんな律義なことをしている人や団体がどれくらいあるのか私は知りません。

やっているほうは正当性など求めていない

そもそも、こういうものは完全に正しいという根拠を示せと言われても困るのです。

また、言っているほうはそんな根拠なんて示そうと考えてもいないでしょう

実際のところ、自己啓発的な話題で、正しさを追究する議論はいつも明確な決着を見ることがありません。

ほとんどの場合は互いの言葉と言葉がぶつかり合うだけで、そのことによってそれを完全に肯定することはできないし、当然、完全に否定することもまたできないのです。

これは、スピリチャル、宗教、オカルト、超能力、あるいは陰謀論や都市伝説……あと単純に言うと

「幽霊はいるか?」
「神様は存在するか?」

といった議論をする場合とまったく同じです。

こういったものに対して、このような方法で正しいかどうかを追究するというアプローチを試みても、おそらくどこまで行っても結論は出ません。

それはそれで楽しいですけどね。