結局のところ……

「どうしてもやりたくないこと」

というのは、どんな工夫をしようが、どうやって自分をだまそうが、やっぱりやりたくないという気がします。

これは、むしろ

「なぜ、やりたくないのか?」

が、自分ではっきり分かっている場合のほうが納得しやすいものです。

もちろん、それでもやらばければならない……という意味での葛藤は起こりますが、自分自身がそれをやりたくないということが理由も含めてはっきりしているなら、考え方も比較的分かりやすいでしょう。

しかし、時に、自分でもどうしてそのことを嫌がるのか?

自分はなぜいつもそれを避けようとしてしまうのか?

……すらよく分からないという場合もあります。

まずいったん認めてしまおう

「やりたくないこと」

を自覚した時、私たちは多くの場合、すぐに何らかの原因があるはずだと推測し、ある意味短絡的に原因を探そうとします

たとえば

「性格的に向いていない事柄なのだ」

とか

「私は~が苦手だから」

と自己認定したりすることが多いです。

……そこまでで終わってしまうわけです。

でも、それだけで終わってしまうと、そこから先に考えが進みません。

あるいは

「精神的なトラウマでもあるのかなあ?」

と感じる時には、幼少期にそのトラウマを与えた何らかの体験があるはずだと仮定して過去を振り返ってみたりするのです。

専門的な心理療法としてそういった方法を受けるなら効果がある例もあります。

でも……少なくとも、それを自分なりに考えてみるだけでは、おそらくほとんど効果はないでしょう。

なぜって、自分の記憶を手繰って原因を特定し、客観的に分析できるくらいだったら、それはトラウマになるほどのことでもなかったということですからね。

……で、いずれにしろこのように「大ざっぱに」考えてみてもたいていの場合解決にはなりません。

そこで私が思うのは、何であれ

「やりたくない」

と感じているその気持ちは、いったんそのまま素直に認めちゃったほうが早いということです

「嫌なことは嫌!」

とね。

別に、自分が何かを嫌がっているということ自体は悪いことでも何でもありません。ただそうだというだけです。

「私は今、この行為を嫌だと思っている」
「私は、これをやりたくないと思っている」
……と一度言葉に出してみてください。

いったんそう認めた上で、その前提で考えて構わないのではないでしょうか?

「何が本当に嫌なのか?」を特定しよう

そのように認めちゃって、その上でですね……もちろんだれだって

「嫌なことは嫌」

なのですが、問題は、そう言っている自分自身が

「自分は本当はどの部分を嫌がっているのか?」

をはっきり自覚できている場合が少ないということです。

そこで、ここではその

「自分が本当に嫌がっているもの」

を特定する手順を考察したいと思います。

「どうしてもやりたくないこと」を特定する方法

① 先に内容を細分化する

たいていの場合、私たちが何かをやりたくないと感じる時というのは、その嫌な行為や行動を全体として

「嫌なこと」

だと感じていると思います。

仮に以前に何か嫌な思いをしたという記憶がある時、私たちはふつう、その経験とか、それと似た状況の全体を嫌だと感じています

たとえばですが、人前でスピーチするのが苦手で、そういう場に立つことがどうしても嫌だと感じている人がいるとします。

するとその人は、ある意味当然ですが、スピーチという行為の一連の流れが全部嫌なことだと感じているかもしれませんが、実はスピーチをするというのは細かく分けて見ると

「スピーチの原稿を考える」
「しゃべる練習をする」
「呼ばれたら立ち上がって登壇する」
「聴いている人たちの表情を見る」
「限られた時間をうまく使い切る」
「役に立つような良いこと言わないといけない」
「自分の前後に他の人もスピーチをする」
「終わった後、それについていろいろ聞かれる」
「そのあと、いろいろ評価される」

……というふうに、いろいろな要素とか手順に分けることができます。

そうして考えてみると、その人はこのすべての点が同じバランスですべて等しく嫌なのでしょうか?

この中には、もちろん絶対にこれだけは嫌だと感じる点もあるかもしれませんが、実はちょっとだけ嫌な点、良くもないけど嫌でもない点……それだけに限定すればむしろ嫌ではなく、興味のある部分なども含まれているかもしれませんよね?

このように、やる内容を細かく分解するようにイメージしてみると

「自分が本当は何を嫌っているのか?」

をはっきり自覚できることがあります。あるいは、単に細分化しただけで

「実はたいして嫌なことでもなかった」

……と気が付く場合もあるのです。

② やりたくない「理由」を細分化する

内容を細分化したら、次にその中で「やりたくない」と感じる部分について

「なぜやりたくないのか?」

を挙げてみましょう。

つまりいったん要素に分解してから、それを嫌だと感じる直接的な原因を考えます。

直接的な原因、というのは最初に言ったような

「自分には向いていない」

とか

「前から苦手だった」

というような大ざっぱな感じ方ではなくて

「それをやると、おそらくこういう結果になるから嫌なのだ」
「それをやっている時に、必然的にこういう反応があるから嫌なのだ」

という感じです。

つまり、あなたの感情的な理由ではなくて、あくまで

「その事象の推移としてどういうことが起こるのが嫌なのか?」

……という点を意識します。

これをできるだけ具体的考えると、少なくともあなた自身は何が起こることを本当は嫌がっているのか……が特定できます。

それと同時に、多くの場合そうして見ると、最初に漠然と感じていた時と比較して

「やりたくなさ」

の度合いが意外にそれほど大きくはないということに気が付くこともあります。

または、冷静に把握すると、自分が嫌だと思っているその状況へと推移する可能性自体がほとんどない稀な事例にすぎないと気が付くこともありますし、

「実はごく簡単に回避できる方法がある」

ということもあり得ます。

③ 座標的フレームワークを用いる

さて、仮にこのようにして

「自分が本当にやりたくないこと」

が特定できたとして、結局最終的に判断しなければならないことは

「嫌だからやらない」

ということで良いのか、それとも

「やりたくないけれども、やらなければならないのだから、やる」

と決めるのか?

……ということです。

となると今度は、今まで考えた

「やりたくない理由」

「やるべき理由」
「でも、それをやったほうが良い理由」

とを、天秤にかけなければなりません。

ここで簡単なフレームワークを用いることもできます。

やりたくない/やるべき
許容できる/許容できない
のフレームワーク

たとえばこんな感じで、あなたがそれぞれに思い描いた「理由」がどこに当てはまるか、俯瞰しながら判断することもできます。

「それでもやる」覚悟を決める

自らの判断で、嫌なら別にやらなくても良いわけですが……もちろん、それをやらないために被る不利益やデメリットというのを受け入れなければなりません

それはそれで、ひとつの立派な判断だと思います。

もちろん

「やりたくないけれど、必要だからやるべきだ」

と判断することもあるでしょう。

ここで、ある意味では上記のように明確に手順を追って考えれば、それだけでも

「やるべきだから、やろう」

というモチベーションにつながるわけですが、さらにそれを補強する考え方として次の2つを挙げておきます。

④ 自己暗示(アファメーション)

まず、みなさんもよくご存知かもしれませんが、自己暗示を用いる方法です。

自分が作った適切なフレーズを繰り返し言葉にする(唱えたり、書いたり聞いたりする)ことをアファメーションと言います。

やり方はいろいろに紹介されていますが……私の経験から言うと、アファメーションフレーズはできるだけ自分が行う行為や、自分が感じている問題意識に直結した内容に絞ったほうが効果的です。

先ほどまでのところで、自分が自覚できた

「最も嫌だと感じている部分」

に焦点を当てます。

ただし、アファメーションフレーズは必ず「肯定的なもの」でなければならないという原則がありますから、自分が予想している

「最も嫌だと感じることになる事象」

をそのまま言ってはいけません。

「~というようなことは起こらない。起こらない」

……というようなフレーズはダメということです。

なので、その嫌な推移とは違う好ましい事象や結果を想像してください

「もし、こういう結果になるならぜんぜん嫌じゃない」

という場合のことをイメージして、それをアファメーションフレーズとして用いると良いでしょう。

⑤ 自己イメージは「進化する」と信じる

もう一つ心に留めておきたいことは、今のあなたの考え方や価値観とか、能力や意欲、それに自己イメージとかその他もろもろが

「この先ずっと同じである」

とか、あるいは

「根本的にはすでに決まっている」
「早晩限界に達する」

というふうに固定的に考えないということです

むしろ、あなたはこの先も、状況の変化に合わせて、また自分の意思によってでも、いくらでも、際限なく

「向上できます」
「成長できます」

……このことに、あらかじめ決められた限界など本来存在していません

今はどうしてもやりたくないことでも……いつかなんなく取り組める時が来る可能性があります。

今こだわっている点について、将来的にもずっとこだわり続けなければならないという義務もないのです。