「やるべきことができない」
「やるべきだことは頭ではわかっているのにやりたくない」
「頭で分かっていても行動できない」

……こんなことを思いながら、手をこまねいて何もせず毎日が過ぎていくのはもちろん問題です。

とはいえ、分かっているのにできないのがこの症状の辛いところ。

なぜこんなことが起きるのでしょうか?
どんな解決方法があるのでしょうか?

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思考の循環があなたを疲弊させる

明らかにそうしたほうが良いと考えている自分。

しかし、どうしてもそれに面と向かうことができていない自分。

「これは……本当に自分のやるべきことなのだろうか?」
「もしかすると、自分は根本的に間違いを犯しているのではないだろうか?」

……たとえばこんなことを取り留めもなく夢想してしまい、そうしているうちに

「今は……いったんいいや」

と目を逸らしてしまう。

こんな状態を続けているのは良くない。

何とかしなければ。

時間がもったいない。

それも分かっている。

……でも、今は。

やるべきことができない7つの原因

たいてい、私たちがこのように、やるべきだと感じていながらなぜかそれに着手するのが億劫になってしまったり、他の考えが浮かんで目の前の作業に取り掛かれなかったりするとき、その理由は大きく分けて次の7つに集約されるでしょう。

あなたはどれに当てはまっていますか?

① やるべきことが不明確

頭の中で何となく

「……をやらなければ」

と時々思いめぐらせただけでは、実際に何をどういうふうにしたら良いのか、何から手を付けたらいいのか……が不明確です。

これだと、本当には

「やるべきことは分かっている」

ということにならないのです

もちろん全体を俯瞰したり、根本的に考え直したり、あるいはもっと詳しく調べてみたりする必要もあるかもしれません。

ただし、実行するという側面に重点を置くならば、この時に特に大事なのは

「一番最初に何をするべきか?」

について迷いがないことです。

仮に不慣れな事柄でも、とりあえず、何から始めたら良いかさえ明確であればすぐにスタートすることはできます。

そして、まず始めてしまえば次の手順が(何もしていなかった時に比べて)見えやすくなります。

こういう場合には、全体的に考え直すのはそれからでも遅くないかもしれません。

② 今すべきことを絞れていない

仮に、自分がやるべきことがある程度明確に自覚できていると仮定しても、それが同時にいくつもいくつもあると、結局今どれから手を付けたらいいか不明確になる可能性があります。

「あれもやらなければ、これもやらなければ」
「できればあれもやりたいし、これも取り入れたいし」

と欲張っているのではないでしょうか?

あまりに先走って考えていると、実際の作業量というよりも自分の精神的な負荷が上がってしまうためやる気も落ちがちになります。

自分が調子に乗っているとき、スムーズな流れができているときならば良いのですが、調子が落ちている時や、やるべきことだと分かっているのに手が付かないという気分の時には、タスクを極限まで絞り込んでそれに専念するというのが良い解決策になる場合があります。

試しに、一度自分が今やりたいこと、やった方がいいと思っていることをリストアップしてみましょう。

いわゆるタスクリスト、To‐Doリストのような簡単なもので構いません。

そうしたら、ここでのポイントは、それをこなすためのスケジュール……などではなくて、その中でも

「最悪これはやらなくても大丈夫」

とか

「これは今無理にこなさなくても何とかなる」

と思えるようなものをどんどん消していくことです

「……できればこれもやっといたほうがいい」

という気持ちは理解できますが、結局のところ、何もできないよりは最低でも

「最も重要な1タスク」

だけでも取り掛かっているほうが客観的に見ればマシなのですから、消去法で究極の一点に絞ることです

そして、それが絞り込めたら自信を持って、少なくともその1点に取り掛かりましょう。

それ以外は今何もしなくていいのです

③ 自分のやり方が正しいのか不安

一応すべきことは分かっているつもりなのだけど、でも

「本当にこれが最も良い選択なのか?」
「これは最も効果的な判断なのか?」
「もっと他に重要なことがあるのではないか?」
「自分は何かと手も無駄なことをやっているのではないか?」

……というふうに根拠のない不安が出てくることがあります。

こういう迷いが生じることはだれにでもありますが、やるべきことができないという人は、その迷いについて何とか解消しようとしてさらにいろいろ考え始めてしまいます。

そうではなくて、自分の選択や判断、手法などに迷いが出たときには、それはそれとして

「いったん思った通りのやり方でやってしまう」

のが有効な方法になります。

そして、それを今まで通りにやってみた直後に、あらためてもし必要だと思うなら

「他の方法がないか調べる」
「もっと有効な情報がないか確かめる」

という順番が適切です。

やる前に想像しててもあまり意味がないのです。

……それに実際には、済んでしまうと、たいていの場合

「なんだ、やっぱりこれで良かったんじゃないか」

と思う可能性のほうが高いのです。

④ 不釣り合いな期待感

今からやろうとしていることの内容と、それをやったことによって起こるメリットとか成果というのが正しく認識されていることが望ましいわけですが

「どうしてかやる気が起きない」

という場合には、そのメリットや成果を大きく期待しすぎているか、逆に小さく見積もり過ぎているか……とにかく期待感がバランスを欠いているということが珍しくありません。

過剰な期待感を持っているというのは、もう少し分かりやすく言うとたとえば

「成果を性急に期待しすぎている」

とか。

つまり、まだたいした量も質もこなしていないうちから

「これさえやれば、すごい効果があるはずだ」

というように短絡的に、すぐに成果が出るはずだと思い込んでしまっていたりします。

すると、実際にやっても望むような成果が出なかったりする……ということにもなりますが、それよりも前に、そのように成果を大きく見積もり過ぎていると、やる以前からそのことが自分にとってプレッシャーになったり、大きな成果を怖れるような気持ちが出てしまったりするために、むしろ実行できなくなってしまうということがあるのです。

人間は無意識に大き過ぎる変化を避けようとします。

「大変なことになってしまう」

というような気持ちです。これは、悪い方向に大変なことになる場合ももちろんですが、実は主観としては良い方向に大変な成果が一気に出てしまうというような場合でも、一種の警戒感を持ってしまうことがあるのです。

似たようなことですが

「無理な期限を設定している」
「最初から大きすぎる目標を意識しすぎている」

……というのも同じような負の効果を起こしてしまうことがあります。

これらは一般には行動を促す作用があるものと解されることが多いのですが、状況によっては逆効果になってしまう人もいるわけです。

ところで、これとは逆に、今自分のしようとしていることの実質的な効果を意識の上で「小さく」見積もりすぎている場合もあります

つまり

「今日一日、これをやったからって、たいして価値はない」
「これくらいの量では、成果が出るのがいつになるか分からない」

……というふうに感じてしまうというものです。

実はこれは先ほど言ったことの裏返しみたいなことなのですが、たとえば

「この程度のことをしても大きな変化は起こせない」
「今日一回くらいやってもやらなくても変わらないから」

……というふうに感じるということです。

本当なら、一日とか、一回とかでも、客観的に見るならば

「それをきちんとやった場合」

「やらなかった場合」

の事実上の差は歴然としているわけです。

継続は力なり……ですが、その継続とは今日一日、その一回の繰り返しのことに過ぎないのですから。

また、たしかに形に見える成果としては差が分かりにくいかもしれませんが、それに伴って起こる感情とか、自己イメージとか、長期的に見た場合の心の負担とか……。

そういったものを考えれば、あなたにとっては自分が意識している以上の大きな差が発生しているのです。

そちらに目を向けることも忘れてはなりません。

しばしば、人は形に見えるはっきりした成果にばかり気を取られていると、こういう

「自分にとっての影響」

を見逃してしまいます。

ですから、繰り返しますが

「やるべきこと」

「やった場合の意味や効果」

を客観的に正しく見積もるという意識が大事です。

これには経験も必要でしょう。

⑤ 気力、体力などの低下

内容そのものではなく、単に一時的に気力や体力が落ちているだけかもしれません。

その場合には、するべき事柄の内容や考え方、方法論のみに悩んでいても解決にはなりません。

この場合、長期的には体調管理や生活習慣の見直しといった視点も必要だと思いますが、一時的なものならば単純に休暇を取って出かけてみるとか、栄養のあるものを食べるとか睡眠時間を確保するといった、いわゆる

「リフレッシュ」

のほうが即効性があるかもしれません。

ただし……この時のポイントとして、もし

「やるべきことがあるのに手が付かない」

という場合、休むと言っても

「完全にすべてをオフする」

という気持ちではなくて、むしろ他のことは放っておいても良いので、あなたが気になっているその

「やるべきこと」

については、最低限度、ミニマムでもいいので

「ちょっとだけ進めておく」

ことをお勧めします。

できるだけ一日の早い段階で、極端に言うと3分でも5分でもいいので、ちょっとだけそれに取り掛かってみてください。

この場合には、嫌だったらすぐにやめてもいいです。実質的にはやっていないのと同じだというくらいの量でもいいのです。

でも、ちょっとだけやるのです。

ちょっとだけでもやったら、後は一日フリーに、リフレッシュを思い切りします。

このようにすれば、数日あれば十分に回復が期待できるのです。

……ここで、完全に「やるべきこと」を手放してオフしてしまうと、むしろそのあとオンするときに余計に辛くなったりする可能性があるからです

他の用事やふだんのルーチン的な作業はオフしてもいいので、あなたが

「これだけは、絶対にやるべきことだ」

と感じているそのことだけは、量や成果にこだわらないでいいから、毎日少しでも触れ続けておくのです。

⑥ 実行環境が適切でない

やるべきことになぜか手が付かないで他のことをしてしまう……というのが、一定以上長い期間続いてしまい自己嫌悪気味である場合。

「今日もできなかった」
「明日は絶対やらなければ」
「……でもまた今日もできなかった」
「明日こそは……」

という感じで時間だけが過ぎてしまっているという自覚がある場合ですね。

このような場合に、上記のような点のほかに案外大きいのが

「それを実行するための場所」

が不適切だという場合があります。

不適切というか……その場所に何かの問題があるということよりもむしろ

「やるべきだけどやらない」

という気分や思考の流れが、その空間にすでに付着しているというイメージです。

いわゆる「環境」なのですが、環境というよりももっと卑近な意味での「空間」という感じです。

「やらなければならないのにできない」
「やりたいとは思いながら、ついついサボってしまう」

いったんこのサイクルにハマってしまうと、そちらのほうが自分にとってパターン化してしまうのです。

あなたがいつもそれを実行しようと思っているその空間そのものが、そのパターンを繰り返す

「スイッチ」

になってしまっているということです。

あなたは、たとえばついさっきまでは、やるべきことをやろうと思っていたのに、なぜかその場所に入っていつもの席に着くと理由ははっきり分からいけど結果としていつも必ずそれとは他のことを始めてしまう。

……これは、単に

「その空間にいると、その気分や感覚が自動的に立ち上がってしまう」

からかもしれません。

変な例ですが、これはある意味、トイレに行くと何となく尿意を感じるというような現象と似ています。

たしかに、そうなってしまう具体的な原因を発見してそれを取り除くというような方法論もあります。

または、自分の意志をしっかり確認し直したり、考え方を工夫したりすることで打破するということも不可能ではないのですが……。

しかし、同じ状態が何度か続いた結果、もうパターンに入ってしまっている時には、単にそれをやる場所をいつもと違うところに変える……というだけで速攻で解消できることがあります。

⑦ 方法論について固定観念がある

最後に、やるべきだとは分かっているけど

「どうしても本当にやりたくないこと」

としか思えない……という場合があり得ます。

この場合、あなたは自分がやろうと思っていることについて

「これは必ずこういう方法で、このような手順で行うしかないものだ」

という、ある種の固定観念を持っているのかもしれません。

つまり、自ら高い壁を作ることで、その行為の価値を担保しようと考えているのです。

「そのようにやらないと意味がない」

とか。

しかし、そう思いながらどうしても手を付ける気にならないというなら……そうではない別のやり方があり得るか冷静に検討するべき場合もあります。